君の隣で、夜が明ける。08
知らない顔をしていた
だから無意識に、手を伸ばしたのかも知れない
遠い所へ
通常のコックピットではなく、胸部から沈むように乗り込むフリーダムの内部は、少し特殊だった。
そこに辿りつくまでに、何人かの共に戦火を潜り抜けた逞しい整備士達の姿を見た。何処か、明るい笑顔だった。それを見て、キラは重苦しい自分の表情に気付いて苦笑する。
「…いけない…」
こんなことでは、先が思いやられる。
そう思いながらも、親友が教えてくれたデッキに向かって進むと、セキュリティを解除する為に設置されていたリーダーにカードを流し込む。ランプがグリーンに変わると、低い音を立てて扉が開き、薄暗い室内の巨大なシルエットを確認する。
照明はそのまま、閉じた扉の中をゆっくりと漂って肩のパーツに手をついて慣性移動を止めると、頭部ユニットに正面から向き直る。
あれだけの損害を受けたと言うのに、欠片もその痕が見られないほど見事に修復されていて、キラは苦笑を洩らす。どうして、修理したんだろう、と。
「…やあ、久し振り。」
キラ以外の人間が起動させる事が出来ないように、整備した技術者達が気を遣ってくれた、と聞いている。
胸部のパネルカバーを外して設定したコードを打ち込むと、命令に従ってコンピューターは静かにその内部へと主を招く。
冷たい頭部ユニットの金属にそっと指を走らせてから、キラは共に戦った戦友の内部へと吸い込まれるように消えて行った。
隔離された格納庫で、他に動く物はいない。
「あいつ、来てるんだって?」
珍しい後ろ姿を見かけて、声を掛けた。意図的に自分が着る事を止めた赤い制服を着た友人。
「…ああ、今フリーダム見に行ってる。」
視線で示した先には、閉ざされた格納庫の扉。そこには、ごく僅かな人間しか入る事は出来ない。入ろうと思えばそこに行かれる筈のアスランもディアッカも、キラの邪魔をする気はなかった。
「…ほんと、大丈夫なのかよ、あいつ…」
キラは今朝まで入院していたと聞いている。時計は昼前を差している。つまり、退院してまっすぐここに来た、と言う事で。
「…分からない。でも、あいつは…」
アスランにしても、キラの様子は気にかかるのだろう。だからこそ、本来ならばこんな所にいる時間はない筈だと言うのに、キラが格納庫から出てくるのを待っている。
軽く溜息をついて、ディアッカはそう言えば、と呟いた。
「…あの人、の事は…まだ?」
思い出す事は、漆黒の宇宙に輝いた閃光だけ。いつ自分が落とされても可笑しくなくて、実際プロヴィデンスと名付けられた機体の攻撃を受けたバスターはぼろぼろで。本当に、あの時終ったかな、とディアッカは思ったのだ。運良く、イザークに助けてもらわなければ、とてもあれ以上連合のモビルスーツを相手にすることなど出来なかった。
だから、あの時あの人が取った行動はきっととても自然な事だったんだと思う。自分が思うまま、護りたいと思うものを。
アークエンジェルに戻る途中だったディアッカは、その時その光景を見ていた。嘘だろ、と呟いた事も覚えている。まるでスローモーションのように、目の前で割り込んで行った機体。同じようにぼろぼろで、とてもドミニオンの主砲に耐えられる状態ではなかった。完全な状態でも、それは恐らく無理だっただろう。
「不可能を可能にする男だからさ。」
それは彼の口癖だ。だから誰もが、それを信じて、戻って来ると思っていた。
恐らく、キラも。
「…言えないよ、とても。」
アスランは眉を寄せて呟く。
キラが、フラガにどれくらいの信頼を寄せていたのかは、見ていれば解る。それは自分だけでなく、アスランにも理解出来た筈。だからこそ、伝える事が出来ないのだろう。恐らく、誰も。
「…じゃあ、まだ知らないのか…」
ディアッカの呟きに、アスランは溜息混じりに伝えてくれないか、と小さく言った。
「…ディアッカ、お前から。多分、一番、ショックが少ないし…それに…」
キラは、お前を信用してる。
そう言って少しだけ苦しそうに微笑む。
「…なに、言ってんだよ…?」
そんな大層な役目を押しつけられるのは、お門違いだ。そう思って聞き返すと、アスランは不意に面白くなさそうな顔を見せる。
「…キラがお前の事、どう思ってるのか知ってるんだろう…?」
戦争中は、あまり考えなかった事を思い出させる言葉。
「…それ、は…」
それを考える時が来た。答えを出すまでの時間はあるけれど、出来れば忘れていたかった。
この先、ずっと。
薄暗いコックピットの中で、ぼんやりと考える。
これからどうすればいいのか。
自分は、どうしたいのか。
親友は、好きにすればいいと言った。責任を問われるのは上層部で、末端のパイロットにまでそれらが問われる事はない。ただ、キラの立場は微妙だった。
あの時、正式に志願したのは事実で。地球連合軍に、キラは籍を置いていた。詳しくは聞いてはいなかったが、現在も扱いは行方不明になっている。事実、しばらく行方不明だったも同然で。アークエンジェルと合流した時には、脱走艦扱いになっていたから、恐らくキラが復帰した事は連合軍に伝わってはいないだろうと思う。伝わっていても、アークエンジェルと共にいたのだからやはり扱いは脱走兵だ。
オーブから難を逃れたクサナギとそのクルー達は、敵対国の軍人で。
プラントに反旗を翻した、エターナルのクルー達もザフト軍に籍を置いていたのだからやはり扱いは脱走兵になる。
キラがいくらここで考えていても、それらはどうしようもない事のひとつ。
目を醒ましてから、マリューやラクスには会っていない。それぞれの艦の責任者達は、今もなお、机の上で戦っているのだろうと思った。
沈黙していたモニタに、赤いランプが走る。視線を動かすと、人が通るための小さな扉が開いて、誰かが格納庫に入って来たようだった。拡大表示して、目を見開く。
「…なんで…」
銀色の髪を持った少年。アスランと同じ、真紅の制服をまとって、フリーダムを見上げている。キラがいる事を知っていて来たのか、知らなかったのか。
鼓動が早くなった。握り締めた手の中で、プラスチックのケースが軋んだ音を立てる。見つめたモニタの画像が、霞んで行く。眩暈がするほどの、この感情は。
「…ダメだ…」
憎しみ、と恐らくは嫉妬。
呼吸すら殺して、キラは震える肩を抱き締める。来ないでと、何度も同じ言葉を繰り返して。
けれどそれは、外部の音を拾ったスピーカーから流れる声に否定されて。
「…いるんだろう、キラ・ヤマト。」
冷たく響く声に、目の前が黒く染まって行く。頭の中を、鮮明に甦って走りぬけて行く記憶。
喉の奥が、ひゅうと鳴った。そこで、意識が途切れる。
これ以上は時間がないな、と言ってアスランはそこを後にする。
「…悪い、落ち着いたらキラと一緒に戻ってくれ。」
これでも一応忙しい身でね、と言ってアスランは苦笑する。それに頷いて、ディアッカは軽く溜息を吐いた。
「…まあ…でも俺は引き受けるとは言ってねーぞ…?」
半ば諦めたように呟くディアッカの肩を叩いて、アスランは笑って言った。
だから無意識に、手を伸ばしたのかも知れない
遠い所へ
通常のコックピットではなく、胸部から沈むように乗り込むフリーダムの内部は、少し特殊だった。
そこに辿りつくまでに、何人かの共に戦火を潜り抜けた逞しい整備士達の姿を見た。何処か、明るい笑顔だった。それを見て、キラは重苦しい自分の表情に気付いて苦笑する。
「…いけない…」
こんなことでは、先が思いやられる。
そう思いながらも、親友が教えてくれたデッキに向かって進むと、セキュリティを解除する為に設置されていたリーダーにカードを流し込む。ランプがグリーンに変わると、低い音を立てて扉が開き、薄暗い室内の巨大なシルエットを確認する。
照明はそのまま、閉じた扉の中をゆっくりと漂って肩のパーツに手をついて慣性移動を止めると、頭部ユニットに正面から向き直る。
あれだけの損害を受けたと言うのに、欠片もその痕が見られないほど見事に修復されていて、キラは苦笑を洩らす。どうして、修理したんだろう、と。
「…やあ、久し振り。」
キラ以外の人間が起動させる事が出来ないように、整備した技術者達が気を遣ってくれた、と聞いている。
胸部のパネルカバーを外して設定したコードを打ち込むと、命令に従ってコンピューターは静かにその内部へと主を招く。
冷たい頭部ユニットの金属にそっと指を走らせてから、キラは共に戦った戦友の内部へと吸い込まれるように消えて行った。
隔離された格納庫で、他に動く物はいない。
「あいつ、来てるんだって?」
珍しい後ろ姿を見かけて、声を掛けた。意図的に自分が着る事を止めた赤い制服を着た友人。
「…ああ、今フリーダム見に行ってる。」
視線で示した先には、閉ざされた格納庫の扉。そこには、ごく僅かな人間しか入る事は出来ない。入ろうと思えばそこに行かれる筈のアスランもディアッカも、キラの邪魔をする気はなかった。
「…ほんと、大丈夫なのかよ、あいつ…」
キラは今朝まで入院していたと聞いている。時計は昼前を差している。つまり、退院してまっすぐここに来た、と言う事で。
「…分からない。でも、あいつは…」
アスランにしても、キラの様子は気にかかるのだろう。だからこそ、本来ならばこんな所にいる時間はない筈だと言うのに、キラが格納庫から出てくるのを待っている。
軽く溜息をついて、ディアッカはそう言えば、と呟いた。
「…あの人、の事は…まだ?」
思い出す事は、漆黒の宇宙に輝いた閃光だけ。いつ自分が落とされても可笑しくなくて、実際プロヴィデンスと名付けられた機体の攻撃を受けたバスターはぼろぼろで。本当に、あの時終ったかな、とディアッカは思ったのだ。運良く、イザークに助けてもらわなければ、とてもあれ以上連合のモビルスーツを相手にすることなど出来なかった。
だから、あの時あの人が取った行動はきっととても自然な事だったんだと思う。自分が思うまま、護りたいと思うものを。
アークエンジェルに戻る途中だったディアッカは、その時その光景を見ていた。嘘だろ、と呟いた事も覚えている。まるでスローモーションのように、目の前で割り込んで行った機体。同じようにぼろぼろで、とてもドミニオンの主砲に耐えられる状態ではなかった。完全な状態でも、それは恐らく無理だっただろう。
「不可能を可能にする男だからさ。」
それは彼の口癖だ。だから誰もが、それを信じて、戻って来ると思っていた。
恐らく、キラも。
「…言えないよ、とても。」
アスランは眉を寄せて呟く。
キラが、フラガにどれくらいの信頼を寄せていたのかは、見ていれば解る。それは自分だけでなく、アスランにも理解出来た筈。だからこそ、伝える事が出来ないのだろう。恐らく、誰も。
「…じゃあ、まだ知らないのか…」
ディアッカの呟きに、アスランは溜息混じりに伝えてくれないか、と小さく言った。
「…ディアッカ、お前から。多分、一番、ショックが少ないし…それに…」
キラは、お前を信用してる。
そう言って少しだけ苦しそうに微笑む。
「…なに、言ってんだよ…?」
そんな大層な役目を押しつけられるのは、お門違いだ。そう思って聞き返すと、アスランは不意に面白くなさそうな顔を見せる。
「…キラがお前の事、どう思ってるのか知ってるんだろう…?」
戦争中は、あまり考えなかった事を思い出させる言葉。
「…それ、は…」
それを考える時が来た。答えを出すまでの時間はあるけれど、出来れば忘れていたかった。
この先、ずっと。
薄暗いコックピットの中で、ぼんやりと考える。
これからどうすればいいのか。
自分は、どうしたいのか。
親友は、好きにすればいいと言った。責任を問われるのは上層部で、末端のパイロットにまでそれらが問われる事はない。ただ、キラの立場は微妙だった。
あの時、正式に志願したのは事実で。地球連合軍に、キラは籍を置いていた。詳しくは聞いてはいなかったが、現在も扱いは行方不明になっている。事実、しばらく行方不明だったも同然で。アークエンジェルと合流した時には、脱走艦扱いになっていたから、恐らくキラが復帰した事は連合軍に伝わってはいないだろうと思う。伝わっていても、アークエンジェルと共にいたのだからやはり扱いは脱走兵だ。
オーブから難を逃れたクサナギとそのクルー達は、敵対国の軍人で。
プラントに反旗を翻した、エターナルのクルー達もザフト軍に籍を置いていたのだからやはり扱いは脱走兵になる。
キラがいくらここで考えていても、それらはどうしようもない事のひとつ。
目を醒ましてから、マリューやラクスには会っていない。それぞれの艦の責任者達は、今もなお、机の上で戦っているのだろうと思った。
沈黙していたモニタに、赤いランプが走る。視線を動かすと、人が通るための小さな扉が開いて、誰かが格納庫に入って来たようだった。拡大表示して、目を見開く。
「…なんで…」
銀色の髪を持った少年。アスランと同じ、真紅の制服をまとって、フリーダムを見上げている。キラがいる事を知っていて来たのか、知らなかったのか。
鼓動が早くなった。握り締めた手の中で、プラスチックのケースが軋んだ音を立てる。見つめたモニタの画像が、霞んで行く。眩暈がするほどの、この感情は。
「…ダメだ…」
憎しみ、と恐らくは嫉妬。
呼吸すら殺して、キラは震える肩を抱き締める。来ないでと、何度も同じ言葉を繰り返して。
けれどそれは、外部の音を拾ったスピーカーから流れる声に否定されて。
「…いるんだろう、キラ・ヤマト。」
冷たく響く声に、目の前が黒く染まって行く。頭の中を、鮮明に甦って走りぬけて行く記憶。
喉の奥が、ひゅうと鳴った。そこで、意識が途切れる。
これ以上は時間がないな、と言ってアスランはそこを後にする。
「…悪い、落ち着いたらキラと一緒に戻ってくれ。」
これでも一応忙しい身でね、と言ってアスランは苦笑する。それに頷いて、ディアッカは軽く溜息を吐いた。
「…まあ…でも俺は引き受けるとは言ってねーぞ…?」
半ば諦めたように呟くディアッカの肩を叩いて、アスランは笑って言った。
作品名:君の隣で、夜が明ける。08 作家名:綾沙かへる