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綾沙かへる
綾沙かへる
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君の隣で、夜が明ける。08

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 「…おまえなら、大丈夫さ。」
 信じてるから、と言う友人の言葉が、今は重い。
 遠ざかって行く背中を見送って、ディアッカは問題の格納庫の前に立っている。キラがここに入って言ってから、随分時間が経っていた。近くにいた整備士を捕まえて、誰か出入りしたかどうかを確認する。
 「ええ?…あー、えーとさっき誰か…ああ、最近良く見かける、あの赤い制服の子。入ってきましたよ。」
 そう言えば出て来てないなあ、とずっとこの場で作業を続ける整備士は言った。
 「…赤い制服?銀髪の?」
 ディアッカの言葉に彼は頷いた。うそだろ、と呟く。
 なんの用事があってここに来たのか。デュエルのところなら解るが、この奥にあるのはフリーダムだけだ。
 まさか、と嫌な予感がディアッカの頭をよぎる。教えてくれた整備士に礼を言って、巨大な扉の隣りにある人が通れるサイズの扉のロックを解除した。途端に、エラー音が響く。それに舌打ちして、強制解除用のカードキーをスキャンさせて、ランプをグリーンに替えた。
 「…早まってくれんなよ…イザーク…!」
 別れる前、彼がストライクのパイロットに並々ならぬ復讐心を抱いていたことは、記憶に新しい。キラは知らなくとも、イザークの顔に傷を残して、その心にも大きな傷を残したことは事実で。逆に、キラがあの時受けた衝撃と記憶は、未だにキラを苛んでいる。
 開いた扉の向こうは、静寂に包まれていた。視線を巡らせると、見慣れた真紅の制服を着た後ろ姿。
 睨むようにフリーダムを見上げて、立ち尽くしている。扉が開いて空気が動いたのか、銀糸のような髪を微かに揺らしていた。
 「…イザーク。」
 静かに声を掛けると、友人はゆっくりと振り返る。そうして、厳しい表情のまま、何しに来たと呟いた。
 「…キラに、会ったのか?」
 軽く床を蹴って慣性移動に従い、友人の肩に手を突いて止まる。そうして、尋ねるとイザークは溜息を吐いて首を横に振った。
 「…来ている、と聞いていたが。出てこようともしないからな。」
 何処か呆れたようにそう呟く。よほどの臆病者なのか、とイザークは続けて微かに苦笑した。恐らく、自分でもそんな筈はないと解っているのだろう。
 「…出てこない?」
 その言葉に、ディアッカも微かに眉を寄せた。
 キラが、イザークに会いたくないと言うのは解る。解るけれど、こうして目の前に来られたらキラの事だ、絶対に無視したり、会いたくないからと言って閉じ篭る、なんてことは有り得ない。
 少しだけ逡巡したあと、ディアッカは床を蹴った。フリーダムのコックピットは、自分達の搭乗する機体と違って、胸部の上にある。頭部ユニットのすぐ下に、外部から開閉するためのパネルがあり、それは開いたままになっていた。
 「…いる…よな?」
 誰かが操作したあとが見られるから、間違いなくキラはここにいる。こんなに中途半端なまま、フリーダムから離れたりはしない。
 不意に、なんとなく嫌な予感がした。パネルを操作して、ハッチを開く。エアが抜けてロックが解除され、薄暗い内部からパイロットシートがせり上がって来る。そのシートに凭れ掛かったまま、キラはそこにいた。ただし、ぐったりとしたまま目を閉じて、動かない。
 「…キラ!」
 呼び掛けても、反応はない。青褪めたその頬には、涙の跡が見えた。
 ディアッカが大声を出したことを不思議に思ったのか、隣りにイザークが上がって来る。意識のないキラを見て、固まった。
 「…そんな」
 口を開きかけて、何を言ったら良いのか分からないと言った表情のまま、唇を噛み締める。
 「…おまえの所為じゃねぇよ、イザーク。ともかく、こっから出さないと。」
 意識のないキラを抱き上げて、ディアッカは言った。コックピットを閉じて、ロックを確認する。
 「…あのな、イザーク。気になるんだったら、付いてこい。」
 苦笑混じりにそう言って、格納庫を出た。何かを考え込んでいた友人は、少し遅れてディアッカの後をついて来る。それを確認したディアッカは、記憶を総動員させて休めそうなところを探した。
 「…待機室…くらいかな。」
 ここは主に軍が使用するポート。何度か自分でも訪れた事のある場所、パイロットの待機室の場所を思い出して、通路を進んで行く。途中ですれ違うザフトの兵士達は、イザークが一緒にいる所為か特に咎められることもなく、宇宙港の奥まったところにある目的の部屋まで無事に辿りついた。
 無人の部屋で、キラの身体をそっとソファに下ろす。不意に、キラの手から摺り抜けて漂って来たもの。
 「…なんだこれ?」
 そのディスクを捕まえて、ディアッカは呟いた。しばらく眺めても、なんのラベルもなく、中身も解らない。キラが持っていたのだからキラのものだろう、と思って、ディアッカはそれを自分のポケットに押し込んだ。
 それまでも、キラは眠ったまま。青褪めた顔を見下ろして、指先で涙の跡を拭う。また、誰も知らないところで泣いていたのかと思うと、心の奥が苦しくなる。同時に、何も出来ない自分が悔しかった。知らず、手のひらを握り締める。
 「…ディアッカ。」
 横から差し出されたもの。相変わらず、複雑そうな表情のまま、イザークは自分の上着を脱いで差し出した。
 「…かけてやれ。何かあって、俺の所為にされても敵わん。」
 呆然と見つめると、イザークはそう言って半ば押しつけるように上着を手に持たせた。逃げるように視線を逸らすその姿に、ディアッカは覚えがある。
 「…素直じゃねぇな、相変わらず。」
 軽く笑みを零して、ディアッカは受け取った上着を眠ったままのキラに掛けた。
 煩い、と呟いたイザークは時計を見て溜息をつく。
 「…残念ながら、時間切れだな。それは、自分で返しに来いと伝えてくれ。」
 そう言って部屋を出ようとするイザークに、ディアッカは溜息混じりに言葉を紡ぐ。
 「…あのさ、イザーク。おまえに、伝えておくことがある。」
 俺達が、地球に降りたときの話。


 世界が、揺らいでいる。
 またか、とキラは思った。けれど、それはどうやら一定のパターンで繰り返されているようだ。
 なんだろう。
 疑問に思うと、真っ暗だった世界がゆっくりと白み始めて、瞼が開こうと反応する。薄く開いた視界はぼんやりとしていて、灰色の何かで塞がっていて。
 「…あれ…?」
 記憶が上手く繋がらない。フリーダムの中にいて、誰かが来て、それから。
 「お、起きた?」
 上の方から声がした。よく知っているもの。認識すると、意識が覚醒する。
 「…ここ…」
 何処、と続けようとして、キラは唐突に自分の置かれている状況を理解する。隣にいるのはディアッカ。ここはどうやら車か何かの中らしい。そこまでは良かった。問題は、隣にいる人に自分が思いきり寄りかかっていると言うことで。
 「…うわっ」
 慌てて身体を起こすと、頭がくらくらした。片手で額を押さえたキラに、急に動くからだろ、と言ってディアッカは困ったように笑う。
 「おまえ、フリーダムの中で寝てたぞ。」
 恐らく、眠ってしまったのではない事が分かっているのだろう、無理するなって言ったのに、とディアッカは続ける。