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綾沙かへる
綾沙かへる
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君の隣で、夜が明ける。08

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 車は、市街地を抜けて閑静な住宅街にさしかかる。何処に向かっているのだろうと思ってディアッカを見上げると、言いたい事が分かったのかその人は泊まるとこ、と呟くように言った。
 「おまえ、今まで病院にいたから知らないだろうけど、一応今あの艦は全部立ち入り禁止。結構いろんなとこにまとまって押し込められてる。…処分が決まるまでな。」
 オレ達も含めて、と言って幾分疲れたような表情を見せた。
 「…泊まるところ?」
 プラントの中でキラが知っているのは、あの宇宙港と自分が目覚めた病院と現在は廃墟も同然のクライン邸だけで。首を傾げていると、車は通りに並んだ門の一つに吸い込まれるように入って行く。
 見上げるほど大きな家だった。キラは窓からそれを見て、ぽかんと口を開けて固まってしまう。それを見て、ディアッカは笑った。
 「…アスランの家。さすがは前議長閣下の自宅だよなあ。」
 何処まで本気なのか分からないけれど、ディアッカはそう呟いてキラを車から降りるように促した。そこで初めて、キラは自分の膝にかかっていた赤い上着に気付く。
 「…これ…?」
 アスランのものだろうか、と思って見つめていると、ディアッカは少しだけ言い澱んでから、イザークのだよ、と呟いた。
 「…おまえが、寝てるときに貸してくれた。オレ、作業服だったからさ。」
 鈍い衝撃が這い上がって来るようだった。言葉を失ってそれを凝視していたキラの肩を叩いて、ディアッカは静かにキラ、とだけ言った。背中を押されて、ゆっくりと歩き出す。
 出迎えてくれたのは緑色の制服を着た青年で、案内に従ってキラは用意された部屋に入る。その時に、幾つか注意事項を言い渡された。
 一人になってから、手に持ったままだった上着を取り敢えずハンガーを探して掛けてから、キラは自分が持ち出したディスクがない事に気付いた。目を醒ました時には持っていなかった気がする。
 「…どうしよう…ッ」
 何処かで落としてきたのならば、探しに行かなくてはと思って扉に手を掛けたところで、注意された事を思い出す。
 一人での外出は禁止。
 「…当然…だよね…」
 緩く溜息を吐くと、他の手段を考えなければ、とキラは室内に置かれたソファに腰を下ろした。
 不意に、他の人は何処にいるのだろうと思った。例えば、カガリとかラクスとか。マリューやフラガを始め、アークエンジェルのクルーにも会ってはいない。
 「…何処かに、いるのかな…」
 こんな時に、一人は辛い。辛い、と言うよりも、一人でいる事自体が。
 驚くほどの静寂は、ただ重くキラに圧し掛かって来て。
 誰かにいて欲しい、と思うのは自分が弱いからだろうか。
 困ったな、と呟いて苦笑する。いつから、自分はこんなに弱くなったのだろう。
 不意に扉を叩く音がしてキラは顔を上げた。続けて、ちょっといいか、と言うディアッカの声。
 「…はい?」
 先ほど別れたばかりだと言うのに、と不思議に思いながらもキラは扉を開ける。その先に、酷く辛そうな顔をして、その人は立っていた。


 取り返しがつかないかも知れない、と思う。
 目の前に立つ少年の心が、壊れかけている事は分かり切っていて。それでも、伝えなければならない。
 キラが縋りたい人は、自分ではない。それも分かり切っていて、それでもその人が二度とキラの前に現われる事がないと知っている。それに、少しだけ安堵している自分もいる。それがたまらなく嫌で。
 あまり感情の見られない瞳は、真っ直ぐにディアッカを見つめていた。自分の中の、醜い感情を見透かされているようで苦手だった。少しだけ視線を逸らして、話があるんだ、とだけ言った。
 なんですか、と言ったキラは、落ちついて見えた。だから、大丈夫かな、と判断して、事実を告げる勇気を奮い立たせる。
 「…これ、おまえの?」
 握り締めていたディスクを差し出すと、キラは目を見開いた。震える指先で、それを受け取る。
 「…有り難う、ございます…」
 大切なものなのだろう、と思った。そうして、ひとつ溜息をつく。
 「…それと、な。イヤな事思い出させて悪いんだけど…」
 最後の戦闘の事を。
 天使の名を冠した艦を護って、あの人が帰らぬ人になった事を。
 言葉を紡ぐ度に、キラの中で何かが壊れて行くような気がした。
 呆然と目を見開いて、唇を噛み締めて。震える手で、小さなディスクを握り締めて。
 濃紫の瞳から、ひと雫の涙が零れ落ちる。
 「…そう、ですか…」
 静かにそう言って、キラは目を伏せた。
 護れなかったものの大きさを思い知る。目の前に立つ少年が、護りたかった本当のものに、多分気付いているから。小さな手で、掴めなかったもの。
 静かに涙を零すキラを、綺麗だと思った。
 そんな風に、誰かを想って泣いた事がディアッカにはない。
 同時に、悔しさを覚えて、手のひらをきつく握る。
 抱き締めてもいいだろうか、と思った。ゆっくりと震える肩に手を伸ばすと、キラは小さくごめんなさい、と呟いた。一瞬止まった手は、それでも当初の目的通りに、キラの細い肩に触れる。
 「…ッ」
 怯えたように、大きく震えた。それでも構わずに、引き寄せる。
 謝罪の言葉を繰り返し呟くキラの細い身体を、両手で抱き締めて。
 「…ごめんな。」
 護れなくて、ごめん。
 吐き出すように、そう言う事しか出来なくて。それでも、その言葉に驚いたように震えた身体は、次第に力が抜けていって。
 「…あなたが、無事で良かった…」
 例え、その向こうに誰を見ていようとも。
 キラのその言葉が、泣きそうになるほど嬉しかった。