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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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君の隣で、夜が明ける。09

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泣き喚いてしまえば楽だったのに
それが出来ないから
内側から壊れて行くだけで

誰にも分からないところで
静かに

確実に





 抱き締めて貰う事が好きで。
 恥ずかしくて言えなかったけれど、母親の柔らかな腕が好きで。
 ぼろぼろの心に染み渡るように、いつでもギリギリのところで力強く抱き締めてくれたその人を思い出す。
 突き離すように、励ますように、泣いていた自分を抱き締めてくれた人。
 今は、もういない。
 けれど、本当に安堵感をもたらしてくれるのは違う人の腕で。
 抱き締める、なんて、一番分かり易い愛情のカタチだと言うのに。
 伝わらなくて、伝えられなくて。
 抱き締めてくれたその人に、心を返したいのに何処かで躊躇っていて。
 弱くて、不安定な壊れかけた心と、酷く冷静で、冷徹な瞳を持った心が交互に出てきては日常を繰り返す。本当のキラ自身は、とても深いところでぼんやりと流れて行く景色を見ているような、二重の生活。
 ただ、呆然と目を見開いて。
 助けて、と繰り返しているだけ。


 そこに行こう、と思ったのは自分でも良く分からない。
 人工の茶色い大地に立って、キラは目の前の廃墟を見つめる。
 一人では駄目だと言うから、アスランの家でキラの護衛をしてくれた青年に頼み込んで付いて来てもらった。それから、真実を伝えるために、もう一人。青年には乗って来た小型のシャトルで待っていてもらって、二人きりでここまで来た。
 どうして、この人に伝える気になったのかは分からない。自分が、フラガと共に真実を知ったとき、同じ場所にいたからだろうか。信頼を寄せる親友ではなく、まだ出会って間もない人に。
 「…で、何しに来たんだよ、こんなとこ?」
 不思議そうに周りを見まわして、ディアッカは呟く。それに苦笑を返して、キラは黙ったままゆっくりと歩き出した。
 コロニー「メンデル」、その中の、自分とクローンであるあの人が生み出された、その施設の中へ。

 「…あのディスクの中、見ましたか?」
 硬い足音だけが響く、無人の通路を歩きながらキラは尋ねた。それに、少しだけ間を置いてディアッカは首を横に振る。
 「…んな時間、なかっただろ。」
 もの珍しそうに通りすぎて行く幾つものドアを眺めながら、何処かうわの空で答える。
 その様子に、キラは溜息を吐いた。多分、自分の掛けたプロテクトが外せなかったのだろう、と。だから、それについてはなにも言わずに足を進めて、幾つもの培養槽が並んだ部屋に辿りつく。細く渡された通路を迷う事なく進み、その先にある、キラを生み出した男の部屋の前で立ち止まる。
 「…ちょっと、待てよ。なんだよここ…これ、生きてんのか?」
 手摺りから下を覗き込むようにして、ディアッカは言った。
 以前は、必死で通りぬけた道。気を配る余裕もなくて、ただ視界の端に映った景色としてしか認識していなかったそれらを、キラは振り返る。沢山のモニタと、幾つもの筒状の培養槽。その中に、黒く変色して浮かぶ、兄弟達のなれの果てを。
 「…生き物としては、死んでいる、と言うしかないです。」
 静かに、キラはそう言った。
 電源が生きていても、打ち捨てられ、管理する者がいないこの場所では、身を守る術を持たない胎児達は生きては行けない。まして、この中で人のカタチにまで成長し、出る事が出来たのはキラだけなのだから。
 このコロニーが廃棄されて間もなく、ここで行われていた実験は打ち切られ、培養槽の中の実験体達も全て死亡が確認されている。大規模な生物災害を起こして、大掛かりな放射線による殺菌が行われたからだ。それが終了してから、ここで行われていた事は全て闇の中に押しこまれて、人々は去って行った。と言うより、立ち退かざるをえなかった。
 コーディネイターについて、最先端を誇った研究施設。ゆえに、現在はブルーコスモスを名のる集団に襲われ、沢山の犠牲者が出た。その頃から、ここは破綻に向かって行った。その直後、災害は起きた。それが偶然なのか、人為的なものなのかは現在でも分かってはいない。
 キラが得た知識は、偶然ここから持ち帰ったディスクに記されていた記録から。
 無意識で、そのときの記憶は曖昧だった。けれど、なんとなく突き付けられた大量の資料に中から選び取って来たもの。カガリが持っていたものと同じ、一枚の写真と共に。
 それには、ここで行われていた研究の記録が細かく記されていた。どうやら、研究日誌かなにかのようだった。一人の研究員が、およそ三年ほどに渡って記した、人が、人である所以の記録。あの人の言葉を借りれば、「人の飽くなき欲望」と言うべきだろうか。
 人間は、知り得た知識に満足する事はない。それを実行する事で、満足する。そうして、その先を求める。生き物の中で唯一、「生きる事」以外に興味を持つ生き物だからだ。
 その事実を、キラは身をもって知っている。ここで生み出された、人工の命の一つとして。
 だから、終らせるのは自分の役目。
 キラはなおも立ち止まっているディアッカにこっちです、と声を掛けてそこに再び足を踏み入れる。新しいものと、古いもの、幾つもの銃弾の痕が残る、父親と呼ぶべき人の部屋へ。
 乾いた血痕が、あの日の記憶を呼び起こす。あの時、衝撃に固まってしまった自分を引き戻してくれた人は、もういない。ここで、狂気の欠片を見せた人も、この場所に二度と訪れる事はない。
 理由はどうであれ、引き鉄を引いたのは自分で。
 散らかった資料の前で膝を突き、幾つものファイルを拾い上げる。
 「…なんなんだよ、ここ。」
 大きな衝撃を受けたように、その人は言った。それに、眉を寄せて微笑んで。
 「…僕が、生まれた場所です。」
 そう呟く自分は、酷く冷静だった。

 ディアッカは、第二世代コ-ディネイターと呼ばれる子供だった。
 ナチュラルの両親から生まれる子供と変わらない。ただ、両親がコーディネイターである、と言うだけで。
 生き物の遺伝子、と言うのは忠実で、親から子へと受け継がれて行く。それは例え調整されたものであっても、その子や孫へと血筋が絶えるまで受け継がれて行く。
 人間の遺伝子は複雑で、誰もが幾つもの遺伝子疾患を持っている。生まれて来た時に、それが発病する恐れがある場合、調整する事によってそれを押さえる。遺伝子の調整、と言う行為は、人が生きるための医療手段のひとつだった。それが、技術の進歩に伴って、何時の間にか余計な事を始めた。髪の色、肌の色、眼の色、そんな外見的特徴を遺伝子を組換えて行く事によって自由に選ぶ事が出来るようになった。生きている内に、その30パーセント程度しか使用しないと言われる人の脳を、100パーセントに近い状態で使えるようになった。
 それが、第一世代と言われるコーディネイター。その両親から生まれてくる子供達は、調整された遺伝子を受け継いで生まれてくるため、敢えて調整を加えなくとも両親と同じ能力を最初から持っている。
 それを伸ばしてやらなければ、ナチュラルの子供と大差はない。けれど、一度その才能が開花すれば差は歴然だった。それゆえに、ナチュラルはコーディネイターを妬み、コーディネイターはナチュラルを見下す。