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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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君の隣で、夜が明ける。09

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 それが少しずつ累積された結果、戦争が起こった。
 それで当然だ、とディアッカは思っていた。戦争が終った今でも、それは仕方がなかったのだと納得していた。誰にでも分かり易い理由だった。加担し、終結するまでに変って行った自分の考えの中でも、それだけは変らずにいた事。
 それが、目の前に立つ少年の口から語られた事実で、ひっくり返ってしまった。
 「…ここが、全ての始まりなんですよ。」
 そう言ったキラは、何処か諦めたようにただ真実と事実を語り、微笑む。
 たった一人の復讐心が、人類を滅亡させたかも知れない戦争を引き起こしたのだと。
 「だから、僕はここで全てを終らせなくちゃ。ここが、始まりであり、終りであるところだから。」
 ほんの一歩の距離。それなのに、キラが酷く遠くに見えた。
 なんで、と呟く。
 「…どうして、オレに話す気になったんだよ…?」
 その質問に、キラはさあ、と答えた。
 「…どうしてだろう…あなたに、隠し事はしたくなかったから…かな…」
 誰かに、見届けて欲しかったのだと。
 そう言って視線を逸らしたキラの横顔は、冷静と言うよりも、見た事がないほど冷たい顔をしていた。
 そのときに、得たいの知れない焦燥感がディアッカの心の奥に生じた。それがなんなのかは、自分でも解らなかった。

 卑怯だな、とキラは思う。
 誰にも真実を伝えるつもりはなかった。自分の中に閉じ込めて、消えてしまえばそれで終ると思っていた。育ててくれた両親が、口外するとは思えなくて。だから、彼らを除けば真実を知っているのは自分だけで。それを抱えて、消えてしまおうと思った。
 けれど、誰かに知って欲しいとも思った。同じ過ちを繰り返さないために。人が、踏み込んではいけない領域もあるのだと知らしめる為に。
 せめぎあう心の中で、この人に伝えたら少しだけ気に掛けてもらえるかも知れない、と思い付いた。それで離れる事になっても、記憶には残してもらえるかも知れないと思った。
 例えば、自分がいなくなっても。
 忘れて行くのは仕方がない事で、悲しいけれど。忘れてはならない事もあるのだと、伝えたかった。
 悲しい命があった事を。
 キラと言う一人の人間の事を。
 ゆっくりと瞬きをひとつして、キラは集めたファイルをひと纏めにして積み上げる。最初から、ここに来る時にこれらを処分するつもりでいたから、部屋の入り口で立ち尽すディアッカの目の前で残らず資料を物色して、小さなライターで火を点けた。
 「…おい?」
 慌てたように呟いた人に振り返ると、行きましょう、と促して部屋を出る。火が回る前に、他の場所も全て処分しなければならない。自分も含めて。
 来る時に通って来た培養槽の並んだ部屋で、キラは端末を弄って全ての機能を停止させる。電力の供給を止められて、青白く光っていたそれらは急速に闇に包まれて行く。水槽に浮かんだ胎児達は、黒い影になる。何処かで回っていたモーターの稼動音が小さくなって途切れると、自分達がいた部屋から黒煙が零れ始めた。
 「…急ぎましょうか。」
 そう言って、建物の出口へと導いて。
 扉の開いている部屋には、丸めた紙片に火を点けて放り込んで。
 「…結構無茶苦茶なやつだな。」
 それを見ていたディアッカが零した感想に、キラは笑った。
 薄暗い通路を走り抜けて、出口の光が見えたところでキラは立ち止まる。立ち止まったキラを不思議そうに振り返るディアッカに、握り締めていたディスクを差し出して。
 「…持っていて下さい。」
 なに言ってんだ、と言うディアッカの手のひらに、押しつけるように握らせて。緩く呼吸を整える。
 これで、最後だから。
 所々で煙が上がっていた。端末を弄った時に、電源と共に防火設備も全て停止させたから、火が回ってしまえば燃え尽きるまで消える事はない。
 「ディアッカ。」
 名前を呼んで、キラは笑みを浮かべた。上手く、微笑えているだろうか。
 沢山、支えてもらって。
 手を繋いでくれて。
 抱き締めてくれて。
 「…ありがとう。」
 それだけ言って、キラは走り出した。黒煙が立ち篭める、廃墟の中へ。

 目の前で、キラは綺麗に微笑んだ。何処か悲しそうで、確かに微笑んでいるのに、泣いているように見えた。
 なんでこんな事を言うのだろうと思って、思考が固まってしまった。全く、繋がっていない。けれど、キラは自分が呆然としているほんの僅かな間に、踵を返して走り出す。たった今、キラが自分の手で火を放った所に向かって。
 「…おい!」
 我に返った時には、キラの背中は遠くなっていた。周囲には、薄く煙が漂い始めている。この状態で戻ったりしたら、煙に巻かれてしまう。
 さっきまでは、いつもと変わらずにいた。それなのに、どうして。
 「…フザケんな…ッ」
 最初から、こうするつもりで来たと言うのか。
 キラの言った、終らせる、と言う言葉の意味はこういう事なのか。
 弾かれたように、ディアッカは走り出す。遠ざかる背中に向かって、連れ戻すために。
 キラの考えている事なんか、ひとつも解らなくなった。けれど、それは後でいい。戦争が終って、生き残った自分達には時間がある。そうして、生き残った者の責任がある。
 混乱した世界のために、出来る事がある筈だから。
 たとえ届かなくても。
 「…そうだろ、キラ…!」
 初めて、その心が知りたいと思った。
 煙を吸い込まないように少し身を屈めて、キラが向かったであろう場所へと走る。そこは恐らく、破棄され朽ちて行くしかなかった実験体達が眠る場所。
 空気が元々乾燥していたのか、思っていたよりも火の周りが早い。所々から押し寄せる熱気に浮かぶ汗を強引に拭って、辿った道を引き返す。喉の奥が引き攣ったように痛んで、荒い呼吸が零れる。
 それでも、引き返そうとは思わない。ここから出る時には、キラも一緒でなければ。
 炎が揺らめく薄暗い空間に出た。電源を落とした時に排水したのか、眼下に満たされていた筈の液体はなく、煙と混じって奇妙な匂いだけが鼻につく。オレンジ色の明かりを頼りに室内を見まわすと、人型の影が遠くに見えた。もう少し、と震える足を叩いて走る。
 「…キラ!」
 呼吸をするだけでも辛くて、それでもその名前を呼んで。
 視界の先にいたキラは振り返る。けれどすぐにまた走り出した。それを追って、ディアッカも走り出す。
 不意に、キラは姿を消した。視界はけして良くはない。けれど、見失う筈がない。通路は、真っ直ぐで一本道だった。
 「…そんなはずねーだろ…」
 姿が見えなくなったところで立ち止まり、辺りを見まわす。半開きになった扉があった。長い年月の間に薄く積もった埃の上に、足跡が残っていて室内へと続いている。狭い空間しか開放していなかった重い扉を、力任せに押し開けて室内に足を踏み入れる。その先は、真っ白に煙が充満していた。排気ダクトを通って流れ込んでいるのか、炎は遠くても辛うじてものの判別がつくほどにしか視界は確保出来ない。
 その、煙る室内の窓際に、キラは立っていた。
 眉を寄せて、今にも泣きそうな瞳で。