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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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君の隣で、夜が明ける。09

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 どちらも肩を大きく上下させて荒い呼吸を繰り返していた。漂う煙が、喉の奥に染みる。どうして、とキラの掠れた声が聞こえた。
 乱れた呼吸と煙の所為で、ディアッカは言葉を紡ぐことが出来ない。言葉を発した所為か、キラは身体を屈めて咳き込んだ。固まったように床に留められていた足が、キラの視線が外れて自由を取り戻す。口許を腕で覆ったままディアッカは足を進めて、キラの後ろにあった窓に力いっぱい拳を叩き込んで。
 ガラスが割れる音に、キラは膝をついた。篭っていた白い煙は、割れた窓から広い空間へと移動していく。
 それでも、この建物の中にいたら危険だという事に変わりはなくて。
 言いたい事は沢山あった。けれど、とにかくここから出なければならない。膝をついて何度も咳き込んでいるキラの腕を掴むと、ディアッカは強引に引き摺って歩き出す。
 「…離して…ッ」
 これでも一応ディアッカは正規の軍人で、一般人だったキラがいくらもがいてもどうにもならないし、希望を聞き入れるつもりもない。
 ただ走り抜けて来た道を、再び外に向かって。所々炎に塞がれて回り道をしながら、なんとか出口を目指して。
 「…あーちきしょ…ッ」
 悪態をついて、階段を降りた先にあった窓から外を確認した。地面が近い。来た道はもう解らないし、多分戻れない。開閉出来ない窓を、近くにあった消化器で割って、ここまで引っ張られて来たキラを抱えて飛び降りた。
 強い衝撃をなんとか堪えて、建物から離れる。振り返ると、外からでも見えるほど火の手が上がっていた。
 充分な距離を取ってから、漸く掴んでいた腕を離した。支えを失った身体は、地面に座り込む。
 自分達の喉から繰り返し聞こえる荒い呼吸の音。
 無言で、灰に却って行くものを見つめていた。


 自分の身体から聞こえる心音が煩い。引き攣ったような呼吸の音も煩い。
 どうして、ここにいるんだろうと呆然と考える。
 あの時、憎しみと共に放った刃と共に、消えてしまえば良かった。
 「…お前の、終らせるってのは、こういう意味なのかよ。」
 静かに、けれど確かに怒りを含んだ声が聞こえる。のろのろと顔を上げると、見た事がないほど険しい瞳で、真っ直ぐに自分を見つめる視線にぶつかった。
 否定はしない。ゆっくりと頷く事しか出来ない。
 あの時から、真実を知った日から、自分が存在してはならないものだと。
 「…どうして…」
 これで終る筈だったのに。この世界に必要の無いものは、全て消える筈だったのに。
 強く肩を掴まれて、キラは微かに顔を顰める。
 「…お前、今生きてるんだろ。戦争が終ったって、生きてる以上は生きる責任があるんだよ。死んで終わり、じゃないだろ。生きて、それを繰り返さない為に戦って行くんだろ?!」
 罪にまみれているのは、みんな同じ。少しでも戦争に加担してしまえば、その罪はみんな同じなのだと。
 吐き出すように言って、ディアッカは言葉を切った。
 煤に汚れた額を、キラの薄い肩に押しつけて。頼むから、と呟く。
 「…いなく、なるなよ。」
 その言葉に、キラの中のなにかが反応した。

 何が言いたかったのかも、殆ど抜け落ちてしまった。いくら言葉を並べても、伝わらないような気がした。呆然と崩れ落ちる廃墟を見つめた瞳には、なにも映ってはいなくて。
 生きていること自体が、罪なのだと。
 生み出された命は必要ないと言い切っていた時の、穏やかな瞳は欠片も見られなくて。
 そんな風に追い詰めてしまったのは、その行動の引き鉄を引いてしまったのは、フラガの事を伝えた自分。
 それでも、どんな事を言っても。
 ただ、戦争が終っても生きている事が嬉しかった。だから、キラにも生きていて欲しかった。
 ディアッカの中で、それほど大きな存在になっていて。
 目の前で消えて行こうとする命だから助けたのではなく、キラだから助けた。それがキラを苦しめる事になっても、自分の我侭であっても。
 キラが消えて行こうとした時に、確かに恐かったのだから。
 掴んだ細い肩は、微かに震えていた。暖かさが手のひらから伝わってきて、生きている事を実感して。
 忘れかけていた感情が動く。
 閉じた瞳から、涙が零れた。
 嬉しかったのか、悲しかったのか判らなくても。ただ、その命のことを想って。
 躊躇いがちに、伸ばされた腕。これほど、それが頼りないと感じたことはなかった。それに応えるように肩を掴んでいた指先から力を抜いて、細い身体を抱き締めて。
 自分達はまだ子供で、こんなに大きなことを背負っていかれるわけがない。
 錯覚しがちだったこと。頼りない腕で、精一杯虚勢を張っていた子供なのだと言う事。本来ならば、守ってくれる人が必要なのだから。
 キラを支えて、護ってくれた人はもういないから。変わりになれるとは思わない。けれど、せめて。
 ごめんなさい、と小さく言ったキラを、護りたいと思った。
 背中にまわされた腕に、応える為に。

 もう少しくらい、生きていてもいいじゃないか、とその人は言った。
 どのくらいそうしていたのかは分からない。ただ、炎に包まれて行く廃墟を眺めて、久し振りに全力疾走した足は全く言う事を聞かなくなっていたから、二人で乾いた砂の上に座り込んで。
 大きくなった炎に、コロニーの防火設備が反応して、雨が降る。頭上から降り注ぐ水飛沫に、ずぶ濡れになってもそこから動かなかった。
 そうして、弱まって行く炎を見ながらディアッカは呟いた。独り言のように、けれどそれはしっかりとキラの耳に届く。もう少しくらい、生きていてもいいと。
 「…弱い生き物だからな。」
 結構簡単に死ぬ時は死ぬんだよ、と言って笑う。だから、その時が来るまでは。
 強い人だなと思った。強くて、優しくて、背負ったものに立ち向かう勇気を持った人。
 抱えたものはそれぞれで。大きくても小さくても、それは一生背負うものだから。背負って、償って、なお有り余るものだから。
 「…落ちついたんなら、戻ろうぜ。」
 そう言って、ディアッカは立ちあがる。黒い煙を洗い流して、くすんだ水に濡れた手をキラの目の前に差し出して。そうして、いつもの強気な笑みを浮かべる。
 縋るものを求めるのではなくて、隣りに並んでいたいと思う。この人と、並んで歩いて行けたらと。
 「…はい。」
 例え叶う事がなくとも、それを想えば生きていても許してもらえるような気がした。
 だから、差し伸べられた手を取ろうと思う。
 触れた指先は、濡れているのにやっぱり温かかった。