君の隣で、夜が明ける。12
お守りだと言ってディアッカがキラに渡した物は、師匠から譲ってもらった最初の自分の扇。幾つか所有するものの内の一つだったけれど、一番思い入れのあるもの。それでも、キラにならばと思って譲った。少しでも心安らぐように、自分がそうやって助けてもらったように。
それに比べれば、桁違いに上質のものをキラは見付けて来た。キラ一人で見付けたのではないだろう事も、気付いたけれどどうでも良かった。
「…すげェ…よ、これ。オレには、勿体無いくらいの。」
半人前の自分が持つには過ぎたシロモノだと分かっていても、キラが自分の為にこれを選んでくれた事が嬉しかった。
丁寧に畳んで、もとの通りに箱に納めると、キラは良かった、と言って微笑む。
「…ほんと、気に入って貰えなかったらどうしようかと思ってた。全然、分からなかったから。」
そうして、ひとつお願いがあるんだ、と続ける。
「…今日、一緒に寝てもいい…?」
その言葉に、固まった。同時に、だからクッション抱えて来たのか、と妙なところで納得もした。
「…は…?」
その反応が気に入らなかったのか、キラは少しむくれたように視線を逸らす。しばらく離れる事になるから、キラの気持ちも分からなくもないし、ディアッカだって出来れば頷いてやりたいけれど。
それでも、それ以前に自分はキラの事が好きな、普通の健康的な男の子なのだ。キラがどう思ってそんな事を言ったのかはともかく、正直に言って、理性がもたないかも知れない。むしろ、想いを寄せる相手と同じベッドにいる、なんて言う状況で、冷静に自分を保てる人間がいたらお目にかかりたいくらいで。
「…お前、意味解って言ってる?」
情けないと思っても、それだけ搾り出すのが精一杯だった。その言葉に、キラはしばらく俯いたままだったけれど、小さく頷いた。
「…分かってる…し、そうじゃなくても、子供っぽいって自分でも思うけど。でも、傍にいてくれるの、今夜だけでしょう…?」
言葉の最後は、震えていた。これが後生の別れになる訳では無いのに、キラにしてみればとても不安な事なのだろう、と思った。それが分かるから、震える肩に手を伸ばして、引き寄せる。
「…あのさ、俺、おまえの事好きなんだけど。」
苦笑混じりに呟いて、引き寄せた細い身体を抱き締める。されるままに額を肩に押しつけたキラは、一瞬大きく身体を震わせてから、僕だって好きだよと溜息を吐くように言葉を紡ぐ。
「…だから、ディアッカがそうしたいなら、いい、けど…。」
消えてしまいそうなほどの小さな言葉に、正直言って驚いた。参ったな、と声には出さずに呟く。少し冷静に考えれば、相手は病人で、そんな無茶が言える訳もない。
「…んな事、出来るかよ。」
だから、代わりに。
「…キス、してもいい?」
それが、今は精一杯で。
それでも、目が覚めたら最初に目に映るのが、大切な人の寝顔だったりしたら、幸せかも知れない。
そう言った途端に顔を真っ赤に染めて、それでも頷くキラに唇を寄せて、不意に思った。だから、それで我慢して置く事にして。
「…今は、な。」
手を繋いで、眠りに落ちる。
隣りに眠る誰かの体温を感じて、それがとても安心して、暖かな、何処か懐かしい気持ちを思い出す。
まだ薄暗い部屋で、キラは不意に目を開けた。すぐ隣りに、大好きな人が視界に入る。酷く幸せな夢を見ていた気がして、その続きのようで何処か現実離れしているような気もする。恐る恐る指を伸ばせば、確かにすぐ近くで触れる。
「…夢、じゃない…よね。」
それに安堵して、緩く溜息を吐く。
窓の向こうは、ゆっくりと白んでいくところで、まだ世界はまどろみの中にいる時間。
そっと身体を寄せて、再び目を閉じる。
朝、目が覚めて一番最初に、大切な人におはようと言って微笑う事。
きっとそれは、この上もなく大切で、幸せな事なのだと思いながら。
絡めた指に少しだけ力をこめて、そんな時間が訪れる時を待ち侘びながら、その人の隣りでまどろみの中に溶けていく。
優しくて暖かな時間の中で、君の隣りで夜が明ける。
作品名:君の隣で、夜が明ける。12 作家名:綾沙かへる