OP 04
イザークの、セキュリティプログラムはお手製で、優秀だ。昨今、ほとんどの人々が既製のセキュリティプログラムに何らかの手を加えている。だからといって、それをかいくぐった挙句に何の痕跡も残さない、なんていう芸当が誰にでも出来るはずがない。
そんなことが出来る人間といえば、アスランは一人くらいしか思い当たらない。そうして、そこに思い当たった瞬間、この稚拙な文字が意味するところを理解した。
「…あの、イザーク。もしかしたら、いや、たぶん、この犯人の目的は…」
最初におかしい、と感じたのは毎朝の日課になっているメールチェックのときだった。
メールボックスにアクセスする、ほんの一瞬の違和感。
「…あれ?」
本来ならば届くはずのない、エラーメッセージ。このコロニーの外に向かう、安全なはずの出口が、ふさがっている。
キラが使っているメールボックスは、両親の暮らす地球、オーブの自宅に設置してある。そこへのアクセスには、複雑なサーバーを経由して、面倒なパスワードチェックを通過する必要がある。
ここに自分がいること、それが知られてはいけないことくらい自覚している。だからこそ、誰かに連絡を取るときには、過ぎるくらいの神経を使っている。だからこそ、一番安全な出口を探して、選んだ。
違和感は、すぐに嫌な予感に変わる。
別のマシンにコードを繋ぎ直して、コロニーのメインコンピュータへのアクセスを試みる。この施設には、メインコンピュータの管理を受けているところがひとつだけ存在する。敷地に入る最初の扉、守衛室のゲートコントロールがそれ。少しアナログだったけれど、施設内の内線を通じて守衛室に入り、接続されたインターフォンから監視モニタを通じてメインコンピュータへと情報を送る波に乗った。
いくつものセキュリティを監視カメラの映像に紛れてすり抜けて、辿り着いた先。
つい先日までは難なく進入することの出来たそこは、入る直前ですべての情報が跳ね返された。
「…嘘…どういうこと?」
セキュリティレベルが厳しくなって、キラの進入が弾かれる、ということならまだ解り易い。けれど今モニタに表示されている事実は、すべての情報を受け付けていないという信じられない情報。
マザーコンピュータが自閉モードに入っている。
コンピュータに関してはすでに専門を通り越してマニアの域に達しかけたキラには、事態がどれほど深刻なのかということがすぐに理解できた。このコロニーが、どれだけ重要なのかはわからない。けれど少なくとも、命を繋ぐ食糧を生産しているということに変わりはなく、ここで生きる人々がたくさんいるという事実も変わらない。
このままコンピュータが動かなければ、いずれ酸素の供給が止まるという、大変な事態が起こるかもしれない。そうでなくとも、緊急脱出用のゲートが前触れもなく開いたりすれば、一瞬でこのコロニーは崩壊してしまう。
コロニーの崩壊。
覚えのある、その凄惨な光景。
「…駄目だ…」
戦争は終わったのだ。これ以上、無駄に命を失うわけには行かない。
自分は、あの世界から逃げてしまった。それでも、今ここで優しくしてくれた、たくさんの暖かい人たちのために、出来ることを。
ゆっくりと首を持ち上げ始めた嫌な記憶を必死に押しとどめて、キラはゆっくりと頭を振って情報を得るためにモニタに向かう。
目的が何であろうとも。
「今度こそ、守ってみせ。」
それが、どんな悲劇を招くのかも知らずに。
窓の外は、何度目かの夜だった。
ここに来て、病人を装うことに飽きたころ、計画を実行に移すときが来た。
もうすぐ。
くすり、と小さく嗤う。
キラ・ヤマト。脆弱な心を持った完成体。
人が死ぬのは当たり前だ。それに耐えられなくて逃げ出した、弱い弱い完成体。
作ってもらった箱庭で震えているだけの。
「…完成体、なんて呼ばない」
あんなにも弱い生き物が、どうして完成体だと言えるのか。
もうすぐ、望みが叶う。
一度だけ見た、あの恐怖に引きつった顔。
この手で引き裂いて、あの人の望みを叶えるために。
「…さあ、どうする?」
君を助けてくれる唯一の人は、遠い星の海の彼方だよ。