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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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OP 04

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 小さく零れた笑いは、やがて部屋中に静かに響き始める。
 薄暗い部屋の中で、小さな人影が揺れていた。
 そう、計画は順調。
 あの子はまだ、外に出ることは出来ない。
 外から、誰かが助けに来ることも出来ない。
 厳しい監視の中、ようやく突き止めた。
 完成体、キラ・ヤマト。そして、彼の所有するあれを。

 手に入れるのは、きっともうすぐ。
 復讐が果たされる日も、きっともうすぐ。


 何だって、と呟いた筈なのに音にはならない。
 緊急、と銘打たれたメールを半ば流し読んで、アスランは部屋を飛び出した。向かう先は、隣の建物にある同僚の執務室。
 緑色の制服で埋め尽くされた通路は、今の時間が昼食時だということを思い出させた。けれど、そんなことは少しも頭に入らない。よほど厳しい表情をしていたのか、アスランを見て敬礼を取ろうとする兵士たちは固まったまま青くなって道を開ける。
「イザーク、入るぞ」
 ろくにノックもせずに扉を開けると、秀麗な顔に眉を寄せて部屋の主は空を睨んでいた。
「…早いな、相変わらず?」
 少し疲れたように呟いて、イザークは腰を上げた。メールが届いたんだろう、と続けて。
「だから、そういうことなんだ」
 そういったイザークは来客用のソファを視線だけでアスランに示し、傍らでその剣幕におびえていた副官に短くお茶を、とだけ言った。
「…順を追って説明してくれ」
 ここで自分ばかりが焦っても仕方がない。極力落ち着こうとして、ゆるく深呼吸を繰り返す。そうして、イザークの正面に腰を下ろした。
「簡単に言ってしまえば、メールに書いてあった通りだ。何しろ、こっちに挙がってくる情報が少なくてな。最優先で情報収集に当たらせてはいるが」
 情報部は優秀だ、と皮肉交じりにイザークは呟いた。
 タイミングよくコーヒーを入れてきた副官に少し出ていろと告げてから、ようやく主語が混じった会話を始めた。
「…つまり、現在も大してあれから動いていないわけ、か?」
 アスランの低い問いかけに、銀色の髪が揺れた。
 便宜上、そのコロニーがどこであるかを悟られないようにザフト内部でのすべての情報のやり取りには固有名詞が入っていない。それだけで通じる人間にしか判らないように作られている。そうして、その情報は必ず、アスランとイザーク、そしてラクスの耳に入るようになっていた。
 ザフト情報部、そして国防委員会諜報部によって密かに監視されてきたそのコロニーで、異変が起きている。
 そのメールを受け取ったのはつい先刻だった。昨日定期連絡を受け取ったばかりだというのに。
「実際、港の閉鎖は一週間ほど前から始まっていたようだ。ゲートの故障やらコンピュータの誤作動やら、最もらしい理由で定期便を遅らせ、挙句に旅客便は欠航にまでした。直接的な原因はコロニーのマザーコンピュータに無理なハッキングをかけたやつがいて、コンピュータが自閉モードに入ったからのようだが」
 溜息を吐いて、イザークはコーヒーのカップに手を伸ばす。
 通常、マザーコンピュータはコロニーの命ともいえる重力と大気を制御し、あらゆるゲートのコントロールをすべて担っている。担当の管理者および技術者は何人もいて、ホストコンピュータへのアクセスは常に二人以上でないと行えない。
 現在はサブコンピュータと人間の手がかろうじてすべての管理を補ってはいるけれど、それもいつまで保つかわからない。
「…ネット、か…」
 キラの生存情報が出た時点で、手を打つべきだったのに。
 戦争が終わって間もないこの世界は、いまだ各地で混乱を招いている。人間の口に戸が立てられない以上、どんなに厳しく戒厳令を敷こうとも情報は漏れてしまう。
 一番、広がってはいけない情報が。
 キラと、彼が密かに隠した、あの機体。
 そこに積み込まれたもの。
 失われたと印象付けるために、ジャスティスを始めそれを搭載した機体がすべて戦争中に大破し、かけらも残っていないということを公表した。パイロットもまた、その時点で死亡したという発表を行い、フリーダムに至ってはまったく別人の名前が記載されていた。
 現在の世界情勢を考えると、Nジャマーの撤去は危険すぎた。かといって、Nジャマーキャンセラーの情報が存在することを公表するほど甘い考えを持ち合わせてはいない。
「一週間も前から、気付かなかったのか?」
 腹立たしさを覚えながらもそう訊ねると、イザークは少し顔を顰めた。
「…仕方がないな。ホストコンピュータのアクセス履歴を見たところ、一ヶ月ほど前に突然データが変更されている場所が見つかった。まったく、後にも先にも何の痕跡もない上に、それから一月後にそれが現れるようにプログラムされたウィルス付だ。おそらく、こんなことをやってのける人間がいるとしたらほんの一握りだろうな」
 挙句に、犯人はわざとハッキングに失敗して外部との接触をコンピュータに自ら閉じさせたのだ。その証拠に、失敗したはずのハッカーのデータはまったく残っていなかった。
 そのとき、メールの着信を告げる音が響いてイザークは席を立った。
 組んだ指先をせわしなく動かしながらも、アスランは視線を動かすことも出来ずに一点を見詰め続ける。床に敷かれた絨毯の薄い模様、その上で苛立ちを隠さない自分の爪先。
 不意に代わり映えのない視界に白い紙片が割り込んだ。
「…続報だ」
 とても苛立った声でそう告げて、再びソファに腰を下ろした同僚は、冷めたコーヒーを一息に飲み干した。その動作で相当、怒っているのだと思った。
 さりげなく追っていた視線を渡された紙片に戻すと、意外な情報が記されていた。
「…貨物船の運航が再開…?」
 基本的に人間の出入りが極端に少ないあのコロニーでは、貨物船が動いていれば通常と変わらない。万一旅客船が動いていなくとも、貨物船に許可が下りれば乗ることも出来る。ただし、密航防止のため、その許可が下りること自体もとても珍しいことだったが。
「運行を再開して、誤魔化すつもりか…しかし目的が読めないな」
 何のために、といいかけると、イザークがものすごい顔で睨んでいたため、詰まってしまった。
「…もう一枚に、その目的、とやらが書いてあるぞ」
 促されて捲ったもう一枚の紙には、幼いとさえ感じる文章が綴られていた。

 ほしいのは、「かんせいたい」と「じゆう」です。

 一瞬、悪戯かと思った。けれど、それだけでこの同僚がこれほど怒りを顕にすることはない。
「…意味がわからな…」
 そう言い掛けて、気付く。このメールは、部下からの情報ではなく、イザーク個人のメールボックスにどこかから送り付けられたもの。彼が、この件の中心に近いところにいるということを知っていて、送られてきたものだということに。
 通常、軍のメールボックスに届くメールは、すべての経由履歴がはっきりと解るようになっている。どこのサーバーを経由して、誰が送ってきたものなのか。そういう情報が、まったくなかった。
 しかも、公開していない個人のメールボックスに届いたという事実。
「この場合、犯人、だというのが妥当なところか?」
作品名:OP 04 作家名:綾沙かへる