OP 09
聞こえたような気がした。
だから、君が望む限り。
そのコロニーで起きた爆発事故は、瞬く間に当日のニュースに乗った。
事故なのか事件なのか判断がつかないと用意された文面を読み上げるアナウンサーの声を聞いて、言い知れぬ不安がひたひたと近付いているような気がした。
報じられる死傷者の数と、名前。その中に、大切な人がいないように強く、願う。
悲しいのだろう、と思った。
目の前で消えてゆく命は、今日ここで終わるものではなかった筈だ。自分が、ここに居たばかりに。このコロニーに存在していたから。そもそも、自分の存在すら、許されるものではなかったのに。
目の前を通り過ぎてゆくもの言わぬ塊たちは、知らない人だ。けれど理不尽な死に直面すれば悲しみと憤りを感じる。それはきっと人間として当たり前の感情で。
知らない誰かの命が消えてゆく、それを悲しいと思う、けれど、それで終わり。そこから先、自分に関係がなければ人はどこまでも無関心で生きて行ける。
キラが今悲しいと思い、助けることの出来なかった命を想うのは、それがたまたま顔見知りの少年だったからだ。
ここに来て、後悔ばかりだったキラに生きること、生きていくことを教えてくれた少年。
護るもの、護りたいものを見据え、必死に前を向いて歩くことを教えてくれた少年は、瓦礫の下で短い命を終えた。
小さく、啜り泣く声がする。
ひどくゆっくりとした動作で視線を動かすと、ラクスのスカートを掴んだまま幼い少年が必死に涙を堪えていた。
少年が護ろうとしたもの。今まで護ってきたもの。
自分に、託されたもの。
駄目だよ、と小さく呟いた。
今、自分が願うこと。
失われた命のことではなく、目の前の幼い少年のことでもなく、ただ自分の存在を認めてくれる人に。
ずっと抑えてきた願い。止めていた何かが崩れ去って、溢れる想いとともに。
「…逢い、たい…」
そう願うことは罪ですか。
願うことすら許されないのですか。
それならもう、こんな命は、要らない。
サーペントテール。裏の世界のみならず、軍や国家機関にまで広く名の知れた傭兵集団の名前だ。依頼の完遂率の高さと、個々の能力の高さに定評があり、仕事を選ぶことでも知られている。
その青年は、サーペントテールだと名乗った。腰まで届くほどの漆黒の髪に、濃い闇の色をした瞳。すらりと伸びた手足は細く見えても良く鍛えられている。その長い足を組んでソファに腰を下ろす青年は、どこか刺々しささえ纏っていた。
「私がお願い致しましたの」
事故から少し時間が流れて、コロニー内部に夜が訪れていた。
現場で再会した時には茶色だった髪を元の桃色に戻したラクスは少し困ったように眉を寄せてそう言った。
ザフトに保護を求めることはすなわち、行方不明のはずの地球軍少尉が生きていることを悟られてしまうと言うこと。最強と謳われたストライクのパイロット。自分が殺したとされている筈の。
「ですから、これから…そう、すぐにでも、移動して頂こうと思うのですけれど…」
そこで言葉を濁し、彼女は視線を動かした。つられるように向けた視線の先には、虚ろな瞳のままただそこにいるだけの親友の姿。
衝撃は、相当大きかったのだと思う。関係のない人を沢山巻き込んでしまった事に、優しい親友がどれほどのショックを受けたのかと思うと、間に合わなかった自分にすら苛立つ。
「だからと言って、ここでぐずぐずしている訳にもいかないだろう」
無機質な印象を受ける声は、沈黙を守っていた青年から。
「人は、自分に関係がない事はいずれ忘れる」
重要なのは本人の意思だろうと続けた青年に、アスランは険しい視線を向けた。それを涼しい顔で受けた青年は、微かに笑みを浮かべる。
「お目に掛かるのは二度目だな、アスラン・ザラ」
唐突な言葉に、アスランは訳がわからず眉を寄せる。そう言われても、自分には覚えがない。
尤も擦れ違った程度だが、と続けた青年は、ほんの少しキラに視線を向けて、小さく溜息を吐いた。
「オレはカナード・パルス。アイツと同じ、メンデルの生まれだ」
コロニー・メンデル。またそれか、とアスランは思い、同時に疑問を感じる。
「…キラがメンデルで生まれた?アイツは月生まれの筈…」
言いながら視線を向けた先で、ラクスは緩く首を振る。存じませんでしたわ、と言って。
「……メンデル…?」
微かな声は、それでもはっきりと聞こえる。今までなにも語らなかったキラが、目を見開いてそう言った。それに驚いて向けた視線の先で、キラは不意に瞳を揺らし、また俯いた。
「…なにも言ってないのか、キラ・ヤマト」
カナードと名乗った青年は、ほんの少し複雑そうな表情を見せてそう言った。そうして、本人が語るべき話だと呟く。
「…南の島の浜辺で、一度会っているな。それだけだ」
動く気があるのなら依頼は続行だ、と言って立ち上がる。
「それで、何処に運べばいいんだ?」
その言葉を受けて、ラクスは緩やかに微笑む。
「フェブラリウス市に。そこに、キラの大切な方が待っていますわ」
廃棄されたコロニー・メンデルと言えば、戦争中に自分達が一時身を寄せていた場所だった。偶然が重なって辿り着いた場所。そこが生物事故を起こして廃棄された事件は、あまりにも有名な話だ。
その前にも、ブルーコスモスの襲撃を受けた高度遺伝子研究所が存在し、現在のコーディネイター、特に第二世代以降のコーディネイターを生み出す場所として栄えた研究コロニーだった。
「キラとカガリさんのご両親は、そこに勤める科学者だったのだと伺いました」
先ほどは白を切ってしまいましたが、とラクスは苦笑を零す。
「テロでご両親を亡くして、キラは今のご両親の元に、カガリさんはアスハ家の養子として育ったのだと聞いています」
そこで、彼女はほんの少し沈黙して、これ以上は私の語るべき事ではありません、と言ってふわりと微笑む。
「いつか…時間が流れて、それを誰も口にしなくなった時に、キラはあなたに伝えてくれると思います」
お友達を信じて下さいな、と続けたラクスに、緩く笑みを浮かべて応えて。
「…分かりました」
ラクスの口にしなかった事実が、今回の事件を引き起こしたのだと薄々は感付いていた。例えフリーダムの事があってもキラ本人を狙う理由としては弱い。その理由を知る人間の方が、真実に辿りつく確立が高いのも当然で、ラクスが知っている事を自分が知らないと言う事実にほんの少しだけ寂しさを感じた。ラクスにそれを伝えたのがキラ本人だと言う事も手伝って、それが自分と親友との距離を示しているようで。それでも、いつか本人がそれを伝えてくれる日まで待とうとアスランは思う。それを知っている筈の友人に、ほんの少しだけ悪態を吐いて。
「さあ、私もそろそろ戻らねばなりませんわね。送って下さいますか?」
そう言ったラクスに、アスランは慇懃な程の礼をとる。
「了解しました、クライン議長閣下」
それがおかしくて、顔を見合わせて笑った。
星の海に出るのはどのくらい久し振りなんだろう、とぼんやりとキラは思う。