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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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OP 09

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 時間が経てば、崩壊し掛かった心は落ち着きを取り戻し、ともかく自分をつれてあの場所を離れてくれた人ときちんと視線を合わせる事も出来る。
 貨物船の狭い部屋の中で、誰かとモニタ越しに話をするその人の横顔を見ていた。そう距離がある訳ではないのに、会話の内容は聞こえない。それとも、自分に聞く気がないのか。ぼんやりと視線だけを投げ続けていると、通信を終えた青年は微かに眉を寄せ小さく溜息を零した。
 長い黒髪と、深い藍色の瞳。整った顔立ちはコーディネイターのもの。ぽつぽつと瓦礫の中で交わされた会話が思い浮かび、メンデルという単語で止まった。
「…珍しいか、同類に会うのは」
 冷たい、ともとれるほどの素っ気無さで彼は言った。そう言われて、穴が開くほど凝視していたのだと気付く。
「…すみません…」
 同類どころか、あの時まで自分の生まれた場所すら知らなかったのだから、そこに関わりのある人間に会うこと事体フラガを除けば初めてだ。キラが成功例であることを少し考えれば、そうではない存在がいてもおかしくはないのに。
 逸らした視線を暗い色の床に投げ、ゆるく長い溜息を吐く。微かに苦笑を零す声が聞こえて、視線だけを僅かに投げた。
「なるほど、アレの言うこともあながち解らなくもないな」
 こうも覇気がなくては、と青年は続ける。
「死にたいとでも思ったのか、キラ・ヤマト」
 死にたい、のではなくて、生きていてはいけない、と思ったことは事実だ。けれど、それでは彼女や、目の前の青年はどうなのだろう。
「…どうして、僕のことを知ってるんですか?」
 そもそも最初から、この青年は自分のことを知っているようだった。少なくとも、あの場所についてキラよりも知ることが多いように見える。問い掛けに、青年は軽く目元を和ませた。
「出来損ないが、成功体を憎んだ、それだけのことだ」
 勝手に作り出そうとしておきながら、失敗した上に限界を超えて早期摘出された。それでも生き延びたのに、期待するだけの数値が出ない、それだけで出来損ないと呼ばれて破棄される実験体たち。
 破棄イコール、当事者にとっては死だ。
 冗談じゃない、と思ったから逃げ出した。唯一完璧といわれた成功体を憎んだ。
「お前を倒せば、超えられるんじゃないかと思ったから追っていた、だからお前の存在を知っている、それだけだ」
 まだ戦争をしていたときの話だと、ぽつりと零れた呟きは、本当にどうでもいいことのように語られる。
「…もう、それはいいんですか?」
 キラを殺したいほど憎んでいたのなら、今は絶好のチャンスだ。けれど青年はゆるく首を振った。
「人は所詮、自分の意思で生きているように見えて、誰かのために生きる生き物だ。それを命を懸けて教えてくれたやつがいる。」
 少しだけ遠くを見るように目を細めた。そうして、お前にもいるんじゃないのか、と続けた。
「これから行く先に。…生きる意味をくれたやつが」

もっと単純なことだろ、とあの時彼は言った。
オレは、お前の傍で生きていたい。
「…そうだね」
忘れてしまうところだった。
僕も、あなたの傍で生きていたい。


 フェブラリウス市の季節設定は晩秋から冬にかけて。終始穏やかなプラントの気候では、少し肌寒い、程度に留まる冬。
 ターミナルの窓から見える景色は、白くて四角い建物ばかりだった。医療施設と研究施設に特化されたフェブラリウス市ならではの、どこか無機質で清廉潔白とした光景。
 貨物船の従業員を装ってターミナルに立ち、ゲートを抜ける。もともとただの一般市民だったキラは、何がなんだか判らないうちに腕を引っ張られて市街地へと引きずられてきた。身分を証明するものは、居場所を突き止められると困るから、という理由で形として持ってはいない。
 そんな疑問はターミナルゲートを抜けた先で待っていたらしい少女の「遅い!」という一言で中断される。
「あんまり女の子を待たせるものじゃないわ、カナード」
 本気なのか冗談なのか、腕を組んだままそう言い放った少女に青年は苦笑を返す。
「すまない、風花」
 思いの他柔らかな物言いに、どこか突き放したようなやり取りしかしなかったキラは少し驚いた。
 まあ良いわ、と青年の態度に少し気が晴れたのか、少女はその見かけでどうやって確保したのか少々疑問の残る車を指して、行きましょう、と言った。
「荷物を届ければ任務完了、でしょ?」
 自分を荷物扱いされれば普通は怒るところだろうけれど、あまりにも目まぐるしくここまで来てどこか茫然自失としていたキラにはそれが可笑しくて、ほんの少し、笑った。

 代わり映えのしない情報を繰り返すモニタを見詰めながらじりじりと過ぎていく時間。事故の第一報からすでに一日近くが経過している。眠れない夜を情報収集しているうちに過ごし、さすがに疲れの出てきた目許を軽く揉む。
 信頼を置く友人が、わざわざここまで来てここを動くな、と言った。それは相当の自信から来るものだと長い付き合いで理解はしていても、逸る気持ち。
 本当は、今すぐそこに行きたい。
 あれほど堪えていた想いが、どうしようもないほど膨れ上がっている。
 祈るように目を閉じると、デスクの片隅に放り出されていた携帯端末が振動を伝えた。着信を告げるメロディーが、最小まで絞られたまま一瞬遅れて流れ始め、ごく短い時間で途切れる。
「…珍し…」
 軍人だったときの癖が抜けないのか僅かな知人のみが知るアドレスに、まったく知らないアドレスからの着信を告げたメロディー。それに小さく感想を零して、小さな機械に表示された文字を追う。
「荷物って…」
 お届け通知、と打たれた内容は、宅配便業者が提供する貨物配達通知サービスだ。それだけなら何の変哲もないメールに、ディアッカ自身は心当たりがない。疑問符と共にしばらく眺めていると、見覚えのある箇所がひとつだけある。
 貨物問い合わせ番号に当る数字の羅列。アカデミーでは基本中の基本、として最初に叩き込まれる数字を使った暗号文。
「…っあいつ、まさか…!」
 勢いよくそれを畳んで握り締めたまま、それでも半信半疑で開けたドアの先。
 唐突に開いたドアに驚いたのか、濃紫の瞳を見開いたまま。
 焦がれて止まない人が、そこにいた。

 その部屋ね、と少女は細い指先で示す。
 表札すらない、クリーム色の壁に挟まれた焦げ茶色のドア。その向こうに、求めた人がいる。
「私たちの仕事は、ここまでだから」
 後はあなたの自由よ、と少女は言って踵を返す。
 ここで引き返すのも、この先に進むのも、このままどこかに消えてしまうのも。
 見詰めたドアから、ここまで連れてきてくれた青年に視線を移すと、彼は少女に促されるまま背を向けた。
「…あの、ここまで有難う」
 小さな感謝にほんの少し振り返って、青年と少女は小さく笑みを浮かべた。
 エレベーターホールの向こうへ消えていく背中を見送って、ゆるく呼吸をした。明るい少女に引き摺られて今まで何とか平静でいられたけれど、そう広くはない通路の真ん中に一人で残された途端にじわじわと染み出すように広がるもの。
作品名:OP 09 作家名:綾沙かへる