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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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OP 10

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 ホンモノだ。
 抱き締めた身体は薄っぺらい。けれど確かに、生き物の体温を有していた。
 頬が触れたシャツは、そこを途切れることなく伝う涙にじわじわと濡れて行く。けれど、そんなことには構わない。あれほど焦がれた人がここにいる、それだけで。
 途切れがちに何度もごめんなさいと繰り返す姿は、幼い子供のようにも見えて、ひどく脆い印象を受ける。
 まるで、このまま消えてしまいそうな。
 キラ、と耳元で囁くように呼ぶと、涙に濡れた視線が絡む。
 零れる溜息とともに、口付けを落とした。















 レモンの香りが漂う。
 殺風景で、心なしか雑多な印象を受ける室内。狭いキッチンスペースで二人分のホットレモネードを淹れて、うつむいたままソファに座るキラの前に置いた。
「…落ち着いた?」
 苦笑交じりに零すと、ようやく視線だけをのろのろと上げる。泣きはらして真っ赤になった瞳が痛々しい。
 そう言えば、これだけ泣いた顔を見るのも久し振りだ。戦争中は良く泣いていたっけな、と思い出す。戦争が終って、泣きそうに歪んだ顔をする癖に泣かなくなった。それが却って辛かったから、こうやって思いきり泣いてくれた方が分かり易いし、多分安心している。有り難う、と小さく呟いたキラは、微かに笑みを浮かべた。
「…あったかい…」
 たくさん人が死んだ。それは事実で、動かしようのない現実。
 戦争をしていて、確かに互いにたくさんの人を傷つけて、殺めて来た。それでも、それは過去のことで今現在まで忘れることはないにしろ直接原因になることではなかったはずだ。その時ならばともかく、今になってなお。
「…ごめん、な」
 原因はキラではない。望まれて生まれた筈の命。生み出してくれたはずのキラの両親、まして亡くなった人のことを悪くは言いたくない。けれど、行き場のない悔しさはいつしか怒りに代わり、それをぶつける先はなにも言い返すことのない死者達へと。
 それが恐らく筋違いだと理解していても。
 傍にいる、と言ったのは自分。護りたいと願い、誓ったのも自分。それなのに、また。
 あなたの所為じゃないよ、と小さな声が聞こえた。
「…僕の、所為」
 ふ、と空気の抜けるような溜息を吐いて、両手で抱えるように持ったマグカップに視線を落とす。
「ホントは、いなくなった方が良いのかなと思ってた。けど、思い出した、から…」
 あなたの傍で生きていたいって、とキラは続けて再び視線を上げる。
「…変わってなければ、だけど」
 ああまた、と思う。
 必死に笑みを浮かべようとしている癖に、今にも泣き出しそうだ。こんな顔をさせたいんじゃない。花が綻ぶような笑顔でいて欲しいと、いつも思っているのに。
「…信用ねぇな」
 不覚にもつられて泣きそうになった事を繕うように、苦笑混じりに返す。離れている事が不安なのはお互い様だ。まして、キラの周りには彼を護り、癒してくれる存在が沢山いるのだから。
「一生、信じてて良いぜ」
 その言葉に、今度こそふわりとキラは微笑んだ。

 緩やかに、蟠っていたなにかが溶けてゆく。
 最初から、キラを「キラ」として見てくれた人。ストライクのパイロットではなく、フリーダムのパイロットでもなく、ただ自分の事を認めてくれた人。だからこそ、大切にしたいと願う誰よりも優しい人。
 身体から力が抜ける。知らず、強張っていたらしい筋肉が緩んで持っていたカップが摺り抜けそうになったから慌てて持ち直したら、左肩に痺れるような痛みが戻った。そう言えば視界がさっきからぶれているような気がする。
 無意識に微かに眉を顰めると、目聡くどうかしたのかとディアッカは問い掛けて来る。
「う…ん、ちょっと…」
 意識してしまったら撃たれた傷が熱を帯びたように痛覚を刺激する。流れた時間を考えれば当然だけれど、あの場所で処方してもらった鎮痛剤の効果が切れてしまったようだ。
 また怒られるかも知れない、と思いながら静かに持っていたカップをテーブルに戻すと、ごめん、と先に謝罪する。
「鎮痛剤、切れたみたい、で…」
 言葉と共に零れる吐息が自分でも解るほど荒い。まるでそこに心臓が移動して来たかのように脈打っている、ような気がする。左腕が痺れたように力を失ってソファに投げ出される。
「怪我したのか?」
 まるで怒った様に険しい表情で腰を浮かせたディアッカの問い掛けに、微かに頷くのが精一杯。銃に拠る傷で発熱するのは解っていた筈なのに、今まで忘れていた事の方が不思議だった。言い知れぬ悪寒が背筋を駆け上がり、震えが納まらない。
「…寒、い…」
 無意識に零れた言葉と共にほとんどものの判別が付かないほど霞んでいた景色は、不意に糸が切れたように暗闇になった。


 散らかったデスクの上で、軽い電子音を響かせたデジタルの時計が時を刻む。それだけが、世界に響く唯一の音のようだ。尤も、目の前に横たわるキラの薄い唇から零れる熱を帯びた荒い呼吸ばかりに耳が行かなくて済むから、気が楽だとも思える。
 何度目かの温くなったタオルを氷水に浸して取り替えてから、ようやく床に散らばった汚れた包帯やガーゼをぞんざいに纏めた。酸化して赤茶色く変色した血痕に溜息を吐く。
 似たような場所に怪我をして寝込んだキラの面倒を見るのは二度目だ。あの時も限界ぎりぎりまで動き回っていて倒れた。それでもこれほど衰弱していたわけでもなかったし、何より怪我の程度が違った。包帯を替えたときに見た傷は、軽いものではない。
「…生身で向かってくなよな…ったく」
 それでも恐らく、誰かを傷つけたくなかったのだろうと思う。戦争をしているときでさえそうだったのだから、暫定的とはいえ平和になった世界で武器を取ることなど考えもしなかったに違いない。もっとも、本気で丸腰だったとも考え難かったけれど。
 幸い弾は貫通していたし、何より的確な手当てがしてあった。考えてみればキラのいた施設は病院なのだから当然だ。塞がっていたはずの傷が開いてしまったのは、効き過ぎる鎮痛剤の効果で怪我をしていると言う本人の意識が薄くなってしまったからだろう。
 ぽつぽつと額に浮いた汗を冷たいタオルで拭いながら、きちんとした治療と療養の出来る場所を提供させるべく携帯端末を開く。予めラクスから連絡が行っていたのか、程なくして準備が出来た旨を伝えるメールが返ってくると、丸まっていた包帯の残骸をファスナーの付いた袋に入れ、ダストボックスに投げ入れる。血液の付いたものを密閉して廃棄するのは医療施設に従事する人間の癖だ。
 恐らく熱が下がって目を覚ましたら必要になる大量の飲料水や着替え、ストックしておいた包帯の補充分などを纏めてオンラインショップで注文し、冷蔵庫にあったもので簡単なスープを作る。時折様子を知らせてくれるアスランから、汁物は大丈夫だと聞いていた。
水溶性の栄養分が充分に溶け込むよう、クッキングヒーターの温度を調節して煮込み、そこまで気が回らなかったために放置されたままの資料やデータディスクを折りたたみコンテナの中に放り込んでなんとなく片付けたように見せる。
作品名:OP 10 作家名:綾沙かへる