誘蛾灯
唐突な言葉にその意味を諮りかねていると、キラは青い制服に袖を通した。月明かりの下で、白い砂の上で、それは恐ろしいほどによく映える。払い落とされた砂の細かな粒が風に乗って舞い上がる。
「だから、戻るね。…次に会う時まで。」
そう言って、キラはディアッカの頬に軽い口付けをした。
「…なんだよ、それ。」
微かな苛立ちが混じる。次に会う時、それは多分戦場で。自分を遥かに上回る同僚が、二人かかっても敵わない相手を、落とせと言う事なのだろうか。
「…オレが、おまえに勝てるわけ、ないだろ。」
悔しい、と純粋に思う。そして、もう多分、撃てないだろうとも。
「アスランが、敵わなかったんだからな。」
知らず、口を付いて零れた言葉。それにキラは一瞬だけ辛そうな表情を見せて俯いた。
「…アスランには、あげない。」
そう呟いて微笑む。
明らかに、知っている口調。それでも、それを問い質す前にキラは背を向けて歩き出していた。
「…おい、キラ!」
思わず、呼び止めた。それでもきっと、引き返さない事を分かっていて。
立ち止まって、キラは振り返った。
「…約束。」
待ってるから。そう唇だけ動かして、翳った夜の闇に消えていく。
「…出来る訳、ねーだろ…」
ただ、そこに立ち尽くしている事しか出来なかった。遠く、小さくなっていく背中。抱き締めた感触が、まだこの腕に残っていると言うのに。
ほんの僅かな時間だと言うのに、偶然が、引き寄せてくれた。たったそれだけの、小さな出来事。それだけなのに、こんなにも心の中に大きく残っていて。
本当は、引き止めたかった。どんな事をしても、手元に引き止めて置きたいと、願ってしまった。
もう戻れない、と思った。
危険だと分かっていながら、引き寄せられてしまったから。
それに、その誘惑に抗えなかったから。
その瞳に惹かれて、墜ちていく。
「…バカみてェ…」
小さく、嘲笑った。
そう、それが望む事だと言うのなら。他の誰かに、奪われる位なら。
「…これでも、軍人の端くれだぜ?」
他の誰にも、渡さない。奪われる位なら、この手で連れ去ろうと。
「約束、してやるよ。」
それが望み。
破滅しか待つものがないと、分かり切っていても。
それでも抗えないほどの力を持つ、その瞳に。
惹かれて、墜ちて、燃え尽きる事しか進む道がなくとも。
浮かぶ笑みは、清々しいまでに、昏い。