夕映え作戦
「折原さん、その姿どうしたんですか?」
「せっかくの学校だからさ、俺だってまだまだだろう?」
そう言って折原は戯けてくるりと回転してみせた。いつもの黒いコートとは違い学ランがひらりと回る。インナーの赤いシャツの色が見慣れず眩しさと忌ま忌ましさに帝人は目を細めた。
「こんなところに呼び出してなんの用ですか?」
見慣れない、なによりも奇異な学生服姿の臨也に対し溜息をつきながら問い掛けた。
「恋人同士で逢うことになんの理由がいるんだい?」
「で、どなたとどなたが恋人同士なんですか?」
しれっとさも当然のように口に出す臨也に対し、帝人は手慣れた反撃でさらりとそれを交わす。むしろその遣り取りを愉しんでいるかのように臨也の口許が緩む。だからこそ帝人男の言動に対し半信半疑だ。自分のような存在に臨也が興味を持つとは思えずにいる。揶揄されているのだろうかと先に思うのは当然のことだ。
「俺と帝人君だよ」
知らないの?とツンと細い臨也の指先が、帝人の少し乾いた唇を突いている。
「ごく一部の地域での話ですよね?」
純粋な自分を揶揄し愉しんでいる。初めて彼が近付いてきたように観察されているだけなのではないか、そう考えた方が帝人には合点がいくことが多いのだ。
「それなら、これから知ればいいことさ」
「知りたくないですよ。そんなことより、こんな所に呼び出してなんですか?」
普段は生徒の喧噪に包まれている校内が、休日は静寂に包まれている。今日は部活で使用している者も居ないのか人の気配を感じない。
突然、臨也から連絡があり学校来て欲しいと言われたのだ。話があると言われて好奇心をそそられ、そしてその後に付け加えられた注文に首を傾げながら帝人は来良学園までやってきた。
「そんなこと言ってちゃんと俺が言ったこと守って来てくれたじゃないか」
臨也が最後に付け加えた一言は、制服を着用してお弁当を持参すること、というまるで登校するような一文だった。
「お話というのが気になっただけです」
「へぇ、言われたように色々と用意してきたみたいだけど……」
帝人が握っている鞄をにやにやと口許を緩めながら臨也は覗き込んでる。その好奇な視線から鞄を隠すように帝人は後ろ手で鞄を持ち替えた。
「で、お話なんですけど……」
「まあ、こんなところで立ち話もだから中に入ろうか……」
「入ろうかって……」
鍵の掛かっている校門をいとも簡単に臨也は解き放つと、中へと帝人を手招き仕方なく踏み込んだ後は重く軋む音を立てながら再び門は閉ざされた。
「それで、なんて臨也さんまでそんな姿をしているんですか?」
見慣れない学生服姿の臨也に問い掛ければ初めそうしたように、くるりと軽やかに回転するとこう口にした。
「ほら、俺の学生時代ってさあいつのせいでロクなことなかったんだよねぇ~ せめて楽しい学生生活をして見たいなぁって思ったんだよ」
それは彼に理由があるのではなく、自分にこそ理由があるのではないかと帝人は思うがぐっと唇を噛みしめた。
「今はいいよねぇ~ 俺の頃なんか本当に荒れててさ、本当にシズちゃんには困るよねぇ」
それも臨也が挑発しなければ何事も起きないと思うのだが、そんなことをいくら主張しても聞くような男では臨也はない。
「それがなんの関係があるんですか?」
「えっ? だから薔薇色の学園生活?って奴をやり直したいんだよ」
それが休日の学園内に忍び込むことにどうつながるのかと首を傾げれば続けて臨也は言った。
「恋人と校内でデートしたりとかさ……」
「あの……」
「なんだい? 帝人君」
「もう一度一からやり直したらどうですか?」
「あー、そうだよね。最初から…… 先輩と後輩って関係でさ出会うところからやろうか?」
「そうじゃなくて、人生を……」
「そうか、もっと根本的な出会いからやり直したいってことだよね。情熱的だな……」
「もういいです」
大きく、そして深い溜息を帝人がつけばされを楽しげに臨也は見つめている。揶揄されているのは判るが、どこまでが本気なのかは判らない。甘い菓子のような言葉ばかりを臨也は投げかけるが、そこの実があるのか帝人には何一つも判らない。それよりも、その言葉を信じたいと思っているのか、それすらも判らないで居る。全て煙に巻かれている。その煙は白く、甘い綿飴のような煙で妙に帝人にベタつき絡みつく。
「それでお話って言うのは……」
「せっかくだからお弁当食べながらにしようよ。屋上でいいよね? 天気もいいし」
行こう。返事をする前に腕を掴まれ人気のない校舎内を小走りで進んでいけば、静まった屋内には二人の足音だけが響いている。上履きだけは用意てなかったのか、ぺたぺたと言う足音が不思議だが、そんな足許でも臨也の足取りは軽やかだ。
軽やかに跳ねる手足に引かれて帝人と臨也は屋上へたどり着いた。初夏の爽やかな風が頬を擽り、見渡す限りの青空が都会の空に広がっている。
「いい天気だな、ランチにしようよ」
そう 見晴らしのいい場所に腰を降ろす臨也の隣に、帝人は渋々腰を降ろした。
「あれ? 俺のは?」
鞄から弁当の包みを取り出すと、一つしかない箱に臨也は首を傾げている。
「どうして貴方の分まで用意しないといけないんですか?」
「恋人の分を用意するのが青春じゃないのかい?」
「なら僕の分を用意するっていうこともあると思うんですけど……」
「それは俺との仲を認めたってことだよね」
「どうしてそうなるんですかっ」
座ったばかりだというのに、再び臨也は立ち上がるとこう告げた。
「よし、判ったよ。お茶と何か買ってくるから待っててね。帝人君」
足早に立ち去る臨也の後ろ姿を見送りながら、どうして自分は穏やかにその間を待ってしまうのかとふいに帝人は思った。こんなに良い天気なのだから、一人で食事をするよりも外で、こうして誰かと食べた方がいい。その相手を選ぶ権利はあると思うのだが、この際は仕方がないのだと、深呼吸のように大きく活きを吸い込んだ。
ほどなくして、パタパタと近付くスリッパの音が大きく階段から響き、そして臨也が屋上へと戻ってきた。
「お待たせ」
両手にパンとジュースを抱えた臨也が帝人の隣に座った。
「なんであんパンとクリームパンしかないのかな……」
「連休だからじゃないですか?」
「はいお茶、あんパンとクリームパンどっちがいい?」
「えっ、クリームで……」
臨也からお茶とクリームパンを受け取ると、帝人は弁当をゆっくりと拡げ始めた。
「俺もパン半分個したし、帝人君もお弁当半分くれるよね? あーん」
そう大きく拡げた臨也の口に帝人は失敗した玉子焼き押し込んだ。
「それで話しっていうのは……」
食べ終わった帝人が口を開けば、大きく伸びをした臨也はポンポンと帝人の膝を叩いた。
「それなんだけどさ、ここに座ってくれないか?」
「座ってますけど……」
「正座して欲しいんだ」
「はぁ…………」
言われたとおりに帝人は正座をすると、無防備に閉じられた膝の上にゴロンと臨也は横になった。
「ちょっ、何するんですかっっ」
「食べたら眠くなっちゃってさ、午後の授業はさぼって昼寝ってよくあるだろう?」
「ありませんよっ、っていうか、どうして僕の膝に……」