夕映え作戦
そう幽かに詫びる声にどう反応していいのか判らなかった。混乱していたとはいえ、抵抗する気すら見せなかった自分はどうなるのだろうか、ましてや帝人の体は明らかに喜びを感じていたのだ。その衝動を感じ取られてないか、それだけを帝人は案じていた。
「でもいいね。放課後はさ……」
「どうしてですか?」
無防備に机の上に投げ出された体をゆっくりと起き上がらせた。どうして、無理に唇を奪ったくせに、それ以上はしなかったのだろうか、それは臨也の理性が止めたのだろろうか、ならば誘うような態度を見せた自分も悪いのではないだろうか、そんな考えばかりが過ぎっていく。
「顔が赤くなっていても夕焼けのせいに出来るからね」
そう呟いて再び窓を見上げた臨也の横顔は確かに夕映えに染まっていた。
「帰ろうか? 夕飯くらい奢るよ」
「驕りならいいですよ」
断ってもよかったが、誕生日の日に一人で食事をするよりも、誰かいた方がきっと楽しいだろうと、帝人は小さく頷いた。
「ありがとう。それならさ、流石にこの服だと不審者だから着替えてからでいいかな」
ホテルに着替えを置いてあるんだと、付け加えた臨也に普段のままでも充分に不審者だと思うとは言えなかった。この学生服のままでやってきたのかと思ったが、途中で着替えていたことにどこかまだこの人もまともなのだと安堵した。
「もう少しだけ付き合って貰えるかな……」
「一つ歳を取った臨也先輩に付き合って差し上げます」
「酷いなぁ、俺はいつでも二十一歳だよ」
本当はいくつなのか、もしかすると帝人が掴んだ臨也の誕生日も偽りのものなのかもしれない。しかし喜んでいる彼を見るとそれだけは真実なのだと思いたいのだ。
徐々に赤から青に空は塗り替えられようとしている。温かい校内が、冷たく怖く闇の世界へと変化して行こうとしている。来た道を戻りながら見上げた校内は、もう茜色から藍色へと色を変えていた。僅かな、魔法のような時間を味わいながら帝人は臨也と並んで歩いた。肩に回された腕を校門までですよ。と念を押しながら…………
◆終◆