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同じ横顔

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同じ横顔

 今回の任務は予想より早く終わった。明日の朝の電車で戻ることになるかと思っていた

が、夜行列車に乗ることが出来た。明け方には夜行の本拠地へ戻れるだろう。
 そんな安堵に包まれながら、轟と行正と巻緒、そして閃の4人で夜行列車の一室を借り

切ったような状態で夜を迎えた。夜行の中でも戦闘班中心のやり手に囲まれてただでさえ

緊張気味で昨夜もあまり眠れてなかったところに、閃が備え付けの夜着に着替えて寝台に

入ると、残りの三人は酒盛りを始めた。
 酒席に混ざる訳にもいかないし、参加を名乗り出たところで子供は寝る時間だとあしら

われそうだし、眠いことは眠かったのでそのまま睡眠に移行する。はずだった。
 が、ボリュームこそ大きくないものの三人の話は思いの外弾み、閃もふと気付くと寝台

の中でその話を聞くのに夢中になっていて、三人が解散してからようやく眠りにつこうと

したら今度はタイミングを外してしまって寝つけない。
「……まあいいか」
 夜行の本拠地に帰ってゆっくり眠れば済むことだ。
 そう考えながら閃は残りの三人の規則正しい寝息を聞きながら、夜が明けるまで寝台で

うつらうつらしていた。

「ただ今戻りましたー!」
 玄関先で大きな声で帰宅を告げたのは轟だ。その声につられて女子供達がわらわらと集

まってくる。
「お帰り、だいご」
「かおるもしんやもおかえりー」
「こらこら、ちゃんとした名前で呼びなさい、あなた達」
 アトラがたしなめるが、子供達は体当たりで「おにいちゃん」達に群がっていって、そ

してそんな輪から一人外れて閃が玄関先で欠伸を噛み殺していると、落ち着いた声が閃を

呼んだ。
「どうした、顔色が悪いぞ、閃」
「頭領」
 玄関の外、予想しなかった場所から現れたのは正守だ。
「疲れたなら休めよ。みんなもお帰り。武光と秀もさっき戻って休んでるところだし、全

員無事でなによりだ。報告は誰からがいいかな、巻……」
「行正が報告したいそうでっす!」
 巻緒が先手を打って厄介ごとを行正に押しつけようとすると、行正は苦虫を十数匹ほど

まとめて噛みつぶしたような顔をする。轟は笑って見ているだけだ。
「ま、誰でもいいけど。なんにせよ、なにごともないようでよかった」
 正守のその言葉を皮切りに、子供達はアトラに連れられ、大人は正守とともに顛末を報

告するために頭領の執務室へ向かう。
「そうだ、閃」
「はい、頭領」
「お前は報告に来なくて良いから、さっさと眠ってその目の下のクマをやっつけてこい」
 閃が頬を赤らめると、残った面子もまた三々五々閃を指さして笑ったのだった。

「行正さんまで笑わなくていいのに……」
 ぶつぶつと呟きながら、閃は寝室へ向かう。寝室といっても個々に部屋を持っている訳

ではない。若者の多い夜行は、大体の年代ごとに5~6名ずつ部屋を割り当てられて、そ

こで雑魚寝をする。勉学も同様だ。今の時間なら誰もおらず、ゆっくり眠ることができる

はずだという閃の目測は、扉を開けた瞬間に裏切られた。
 いつもと変わらない、雑然とした部屋の中。布団を入れてある壁際の押入の戸が半開き

になっていて、そこからずり落ちるかのように布団をひいて眠る人影がひとつ。
 閃はつかつかと歩みよると寝不足で険のある眉間に更に皺を寄せて、その人影を足で倒

すすように肩を足-で押した。
「はわわわっ!?」
 普段は細い目を見開いて起き出してきたのは秀だった。
「目、開いてるぞ」
「なにすんのさ閃ちゃん!」
「なにすんのさじゃねえ!!」
 ぶちん、と閃の心の中で音を立てて何かがブチ切れる。
「そんな所に寝てたら布団出せねーだろーが!だいたい俺は壁際じゃねーとうまく眠れな

いからそこは俺の寝場所だっていつも言ってるだろ、このトンチキ野郎!」
「ト……ひどいよ閃ちゃん!僕だってついさっき任務から帰ってきたばっかりなのに!」
「知らねーよ!」
 任務から戻り、布団をひいて押入の戸を閉める余裕もなく倒れるように眠っていた秀か

ら、そうと知らずに布団を取り上げると、閃は秀に背を向け耳を塞いで寝る体勢に入る。

しばらくして、秀が部屋から出て行く気配がした。

「……ということがあってですね。結局、秀が半泣きで子供部屋で寝ているのを見つけて

、ことの顛末がわかったという次第です」
 行正、巻緒、轟が去った部屋に刃鳥が茶を淹れにきて、そんなことを正守に報告した。
「今回は影宮だけでなく、珍しく秋津のほうもかたくならしくって、どうにかしないとい

けないのではないかと」
「……刃鳥。俺に子供の喧嘩に口を出せと?」
「頭領の責務のうちのひとつだと思いますが」
 刃鳥がいけしゃあしゃあと告げると、正守は力なく、というかやる気なく笑う。
「任務の疲れが出たんだろ、ほっとけば元の鞘に戻るって」
「戻らなかったら?そんな任務を命じた頭領の采配ミスということになりませんか?」
 縁起でもないが、一理あるだろう。それを認めて、正守は小さくため息をついた。そし

て立ち上がると文机の下から漆塗りの箱を開く。
「頭領?」
「これはやりたくなかったけど、しかたないから、刃鳥、二人を起こして呼んできて」
 箱の中から、刃鳥の死角で正守は何かを懐に入れると、人の悪い笑みを浮かべて羽鳥に

そう命じた。

「……」
「…………」
 今日は苦虫の出番が多いな、と正守が苦笑したくなるくらい、隣り合って座った秀と閃

は互いに反対の方向を向いて苦々しい顔をしている。
「そりゃあ、任務が大変で気が立ってたってのもあったかもしれないけどさ、二人ともヨ

リを戻してよ」
「嫌です」
「閃ちゃんが謝るまで僕は謝りません」
 二人揃って声までかたくなだ。思わず仲良いなと言いたくなるぐらい同じ横顔をしてい

る。
 そういえば、良守もよくへそを曲げるとこんな顔をしていたっけ、と目の前の二人と同

世代の上の弟を思う。
「じゃあ結果から言うけどさ、二人仲直りしてくんないと、これ貼り出すから」
 隅に控えていた刃鳥からまたしても見えない位置で正守が懐から出して二人に見せたの

は、掌大の紙片か何かのようだった。
 見事なほど同じタイミングで秀と閃は顔を真っ赤に染める。
「頭領、それは……!」
「狡いですよ、頭領!!」
「じゃあお前ら、元の部屋で仲良く二人で寝るように。いいな?」
「……はい」
「わかりました……」
 同じ角度に肩を落として部屋を出ようとする二人を刃鳥は興味深そうに観察していたが

、戸を閉めると今度は正守に質問した。
「何を見せたんですか?」
「ん?コレ」
 正守が刃鳥に見せたのは一枚の写真だった。
「これは……!」
 その写真には、まだ幼い秀と閃が、互いに横を向いて正面から額をくっつけ合うように

して寄り添いあいながらひとつの布団で眠る姿があった。
「……人が悪いですね、頭領」
 いかに幼い頃の写真だとはいえ、こんなものを出されると思春期の彼らにとっては恥ず

かしいことこの上ないだろう。
「俺は副長の進言に従っただけだけど?」
 正守はしてやったりという顔をしながら、写真を再び文机の下の箱へとしまい込んだ。
作品名:同じ横顔 作家名:y_kamei