【サンプル】飲み干したブルー・ムーン
あの日、臨也が帝人を追いかけていたらきっと今と違った未来があったはずだ。閉まったドアを開けて、帝人を追いかけて、一言でも謝れば、きっと帝人は一通りの文句をぶつけた後、臨也の身勝手さをその広い心で許してくれただろう。それからずぶ濡れになった二人は、臨也の家で寄り添って、温かいベッドで眠っていただろうに。
けれどそうせずに、夢の中の臨也は、帝人を追いかけることなく、閉じられたドアをじっと見つめたまま立ち尽くしている。そうしてもう二度とドアが開かれないことに気が付いて、そのドアに触れて――その先がいつも途切れてしまう。だからドアの前で、自分はどんな顔をしているのか、臨也にはわからないのだ。
「――どうして、」
その声は小さく、きっと彼には拾われないだろう。拾ったとしても、記憶が曖昧な彼には伝わる前に壊れてしまうに決まっている。
臨也のことをこんな風に忘れるくらいなら、いっそのことズタズタに傷つけて欲しかった。それこそ生きることを放棄するくらいに、酷く。初めて人間らしい愛を教えてくれた帝人の手で、言葉で。
「…どうして、忘れたいなんて、思ったの…」
(以下本編に続く)
作品名:【サンプル】飲み干したブルー・ムーン 作家名:椎名