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よしこ@ちょっと休憩
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二重奏

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どすん、と勢いよく椅子に座った昭がため息をついた。
「ああ疲れた。どいつもこいつも、察しが悪くてイライラする」
 女官達が慌てて濡れ手拭いやら扇やらを持ち寄って世話を焼こうとするのに、難しい顔のまま身を任せる。あの気持ちは分かる。一人で考え事をしたいのに、周りから人気が無くならない疲れだ。
 だから私くらいは連れない方が良いのではと思うのだが、司馬昭は私に限ってしつこいほどに呼び出しを掛ける。
 やや遅れて私が部屋に入ると、司馬昭は手を振って女達を下がらせた。少しでも司馬昭に近づいて家族に官職を頂きたい女が、横目でじろりと私を睨みながら、あるいはニコリと媚びを振りまきながら去っていく。
「劉公嗣。取りあえず今日はつき合えよ」
「またですか? 毎日、貴方につきあって酒を飲めるほど、私の肝は強くありませんが」
「固いこと言うなよ。元姫がいないうちの自由だぜ?」
「早く戻ってきてくれないと寂しいって、素直に仰ればいいのに」
「素直じゃないお前に言われたくないな」
「……では、明日の夕暮れにでも」
「今日は!」
「私にも予定がありますので」
「ちぇ」
 口をとがらせる昭をふふふと笑って、私は晋王の居室を退出した。


 晋の酒は強い。米が足りなくて酒造が禁止されていた蜀とは味も強さも段違いの代物だ。さすがにこれだけは体が慣れなくて、一度前後不覚に陥ってからはチビチビ舐めるようにしている。
 庭園に面した、二階建ての離宮の張り出し露台に紗幕が掛けられ、宴席が設けられた。日差しと人目を遮りながら、庭園の噴水を眺められる、豪華な舞台だ。盛り上げられた果物を摘み、鬼胡桃やらの木の実を啄みながら、私は昭の話につきあった。何の事はない。魏帝が言うことを聞かない、部下が言うことを聞かないという愚痴だ。
「皆さんと仲良くできたら良いですねえ」
 両手で夜光杯を抱えて白濁した酒を少しずつ舌に乗せる。松の実と、胡麻と、干し杏を練った月餅は、蜀にはない甘さだった。
「公嗣。仲良くできると思うか? 凡愚どもと」
(臣とは仲良くするものではない、知勇で、威厳で、魅力で、徹底的に心服させて使いこなすものだ。貴方はお若いから、それがお分かりでない)
 私は何もいわず、ただ杯の滴を舐めて、初夏の風楽しんだ。
「なぜ、凡愚が政権を握るんだ。俺はそれがわからん」
「それもそうですね。才があって欲しいと思っても手を汚さなければ手には入らず、かと思えば、才が無く望んでない身に、産まれながらに転がり込んでくる。不思議ですねえ」
「はぐらかすか」
 昭が荒っぽく杯を卓へ置いた。カチンと澄んだ音がする。貴重な瑠璃の杯が割れていないか、私の方がはらはらした。
 杯からこぼれた酒で濡れた手を拭きもせず、昭は私を詰問した。
「とんでもない」
 首を横に振る。本当に、とんでもない話だ。私の命は貴方の機嫌しだいた。まさか気を損ねるように振る舞うなど、有り得ない。
 昭は私の仕草を猜疑の目で観察してから、むっつりと唇を下げて酒をあおった。
「お前の父は、国を背負うべきじゃなかった。一国を奪うにふさわしい才覚の持ち主ではなかった」
「確かに。父は日頃から己には才がない、諸葛亮や五虎将が頼りだと口にしていました」
「凡愚だな。本当に才がないと理解していたのなら、俺の父か諸葛亮に譲れば良かったんだ。それもせず、お前のことを暗愚だと……劉備こそ暗愚だ」
 私は自分の微笑が上っ面に変わるのを感じた。隠すつもりもなく、冷えた目をそのままに昭を見返す。卓の上には水鳥のような首をした酒瓶が三つ並んでいる。先に瓶の一杯分は呑んだらしい。贅沢なことだな、と、その贅沢に預かる身を笑う。
「おまえを冷遇してたのは見る目がなかったからだ。あげく、傲慢さで城を取られた寵臣の仇討ちで兵を損なった」
「…………」
「愚かな上に親としても酷い、加害者だ」
「酒宴はやめてお休みになられた方がいいのでは?」
 やんわりと休息を促すと、昭は酔ってないと見せつけるように、杯の酒を一気に飲んで見せた。
「生憎、おまえと違って酒に酔わないからだなんだ」
「それは羨ましい」
「良し悪しだ。嫌な事があっても誤魔化せない」
「誤魔化さずとも。昭どのなら耐えられる、乗り越えられる」
 私が手をたたいて大袈裟に褒めそやすと、司馬昭はまんざらでもなさそうに照れた。いい気分で話を戻してくる。
「……。禅。おまえの父上は暗愚だった。無能でありながら、君主の器と思い込み、周囲の優秀な男たちの、優秀故の忠誠心に寄生して国を得た。やってはならないことをした。お前は不幸だ、お前に被せられた悪評は、本来父親が被るべきものだからな」
 ハイかイイエでいえば、司馬昭の言う通りだ。
 けれど私に辛かった父と言え、私にとて慕う気持ちはあるのだ。
 それに、父が……どれだけ法外な人間だったか、私が……優秀だけではとうてい及ばないものを持っていたか、私がもっとも見極めていた。
 何より、私が望んで得た評価は私のものだ。父の影にされることは、それが優秀だと認める事になっても……受け入れがたかった。
 ――無神経な男だな。
 私は不満を吐き出してニコニコ上機嫌になった司馬昭が差し出してくる菓子を食べながら、この男の子供っぽさに腹を立てた。
 これでは諸葛誕が反乱したのも無理はないだろう。目利きは出来るくせに、人の立場や感情に気を配るというところが無い。
 若さだと大目に見ているが、少しくらいの意趣返しも、してみようか。
 ねえ、いいですよね、父上。



 あれから司馬昭を誘導して、彼の寝室で飲み直した。いくら酔わないといっても、心地よさや満腹感は感じるわけです。頃合いを見計らって暇を告げると、昭は頭をかきながら、私を戸口まで送った。
「疲れちまった。つきあわせといて悪いな。でも、おかげで楽しかったよ。うまい酒が飲めた。やっぱお前は盆百の奴らと違うな」
 それだけ、私が貴方に追従しているだけだというのに、気づけないのはやはり子供、か。
 私も疲れ切っていた。自分の命を握る相手との酒盛りは、全身の神経をすり減らす。同じ事を許昌で曹操相手に連日続けた父を尊敬します。
 父上。
 私は心の中で劉玄徳によびかけた。
 少しだけ、あなたの偉大な力をお借りしますね。
 目をつむり、私は脳裏に在りし日の父を思い描く。猛将に取り囲まれ、彼らの獰猛な求愛をいなしながら、生涯、虜にし続けた人の姿。諸葛亮と打ち合わせを終えた父が、彼に声をかけるときはどうしていたか。思い浮かぶのはとろけるように恋する目。諸葛亮を有頂天にさせた、皇叔の信頼と依存。
 諸葛亮は知謀を発揮した後、いつも戸口に佇んで父が声をかけるのを待っていた。それを見つけた父は、にこりと笑って諸葛亮の胸元に身を寄せた。
「昭どの。あなたのお働き、とても素敵です」
 梁に届きそうな上背を振り仰いで、私はニコリと笑った。無窮の信頼に、ほんの僅かの依存が混じった仁の微笑み。
「公嗣?」
 父を思い出しながら、ちらりと小首を傾げて、眉を下げる。二人の距離なら、微妙な表情の違いだって見取れる筈だ。
作品名:二重奏 作家名:よしこ@ちょっと休憩