死亡原因
屈めた体を起こすと窓から月が覗いていた。
普段は光輝くそれも雲が陰って存在こそ見つけることができるものの光は地上にまで届かないでいた。
ベットについた手をゆっくりと自分の唇にあてる。まるで人形のように冷たかった。カサカサでないのはスザクが乾燥のためにと風呂上がりにリップを塗るのを推しているからだ。
前はそんなベタついたものをさっぱりしたお風呂上がりに後に塗るなんて考えもしなかったが、言われるままに塗り続けているといつの間にかそれが習慣と化してきて、今ではそれがないと落ち着かないとこまできている。
絆されたものだな自分も、と言いつつ唇を触る感触は嫌ではない。
自分はこんな真夜中に起きてまで一体何をやっているというのだろうか、また朝日が昇って一日が始まるというのに、そう思うと自分の行動がバカらしくなった。
寝よう、もう寝てしまおう、そうすればまた明日から同じ一日が始まる。
何の変わりのない一日が始まる、そうすれば全てが良くなる。
きっと心のざわつきだって収まるはずだ、むしろ愛に溺れてそんなことすら考えさせてくれないかもな、と自嘲気味に笑いベットに潜り込もうとするとスザクが突然こちらに寝がえりをうった。
スザクの顔を見た瞬間身体が硬直してしまった。再び心がざわつく。
身体が動けなくなり、中途半端な態勢で留まってしまったが、そんなことを忘れるくらい頭が真っ白になってしまった。
別にスザクが隣に寝ていること自体何も不思議なことじゃない、昨日まあ公には言えないことをして、その結果意識を失い、全てスザクが後始末をしてくれたのだ。
むしろその後で、同じベットで寝ないというのは恋人同士として些か疑問が生じる。
だから、別にスザクが隣にいるということに驚いているというわけではない。
驚いているのは、ただ自分から溢れだした愛に自分自身が溺れそうになったからだ。
あぁ、自分は愛に溺れてしまう人生なのかもしれない。
それは、相手からのもあるのだがおそらく自分の愛の量に溺れてしまうだろう。
顔を見ただけで、寝顔を見ただけでこんなにも愛が溢れてしまうとは、自分の人生はどうなってしまうのだろうか。スザクに会うまでの自分は今の自分の姿を見てきっと嘲笑しただろう、こんなバカバカしいことで人生が支配さえてしまうなんて思いもよらなかった。
だけど、どうしようもないのはそんな人生を想像しただけでとても幸せに感じてしまったことだ。
愛に溢れて溺れて、息もできないような苦しい人生になるだろうが、それは苦みの中にあるほのかな甘みのようにどうしようもなく満ち足りた気持ちになった。
今、スザクの顔が視界いっぱいに広がっている。
後少し進めばお互いの息が感じられる距離となる、その距離はあんなに遠かったはずなのに今では近くに感じられた。
唇と唇が触れた。
ほんの一瞬、一秒にも満たないごく僅かな瞬間だが、確かに触れた。
僅かに唇を離し、スザクの顔を見つめる。
いつもはきらきらと太陽に輝く綺麗な瞳も今は見ることができない、だけど、もし今スザクが起きているとしたらどんな表情をしているのかわかる気がした。
蕩けるような瞳で此方を見ているだろう。
いつものきらきらした瞳とは違ってその色は深く、深く、飲みこまれてしまいそうでその奥に自分が映っている。
それだけでどうしようもなく幸せな気持ちになってしまう。
お互いの吐息が触れて、この距離がじれったく感じる。一歩進べきか、または後ろに下がるべきか。
いや、でもこの距離がちょうどいいかもしれない。
このもう少しで触れ合うことのできる空間というのがとても心地良い。