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ふうりっち
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novelistID. 16162
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Private Eyes <依頼編>

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「俺はアルフレッド。アルフレッド・F・ジョーンズだ」

 アーサーの声を被せるように、よろしく、と真っ直ぐ手を差し出す青年にアーサーも釣られ、慌てて手を差し出した。

「俺は名前は、アーサー…」
「名前くらい知ってるさ。アーサー・カークランド。年は二十三歳、職業は花屋。コードネームはフルール。裏世界では調査業をこなす苦労人、だろ?」

 苦労人は余計だが、アーサーの個人情報に間違いない。それに、現在は使っていないコードネームまで知っているのは驚いた。しかし、この程度で気を許してはならない。相手の素性は何も分かっていないのだから。
 依頼者に対し、過剰なほど神経質になるアーサーの向かいでは、アルフレッドは得意気に笑っていた。アーサーが否定しなかったことに満足しているようだ。眼鏡の奥でブルースカイを輝かせているが、それを単純に笑っていると解釈するには性急すぎる。
 今は使っていないとはいえ、コードネームまで知っているとなると、この男を侮ってはいけない。やはり依頼者に対する警戒レベルも引き上げておくべきだろう。

「アーサー。俺は、仕事の依頼にきたんだぞ」
「で、内容は?」

 素っ気無く言い放つと、居住まいを正し脚を組む。そして、依頼者を前に自分のポリシーを貫いた。
 それは、決してメモを取るような真似はしないこと。
 常に最悪の事態を考え、証拠を残すことは避ける。いつ、いかなる時、メモに残したことで依頼の情報が外部に漏れるか分からない。それにメモを脅しの材料に使われ、自分の首を絞められる事になりかねない。
 この世界では、情報=富み。即ち『大金』に繋がるため、何処に同業者が潜んでいるか分からない。それだけに、依頼内容はすべて記憶に残した。それに素性も分からない相手の情報など、簡単に扱えるわけがなかった。

「とある拳銃使いの荒ぶる獅子とネコ―――を探してほしいんだぞ」
「はぁ?」

 あまりにも突拍子もない依頼内容に、アーサーは何度も目を瞬かせ、それから戸惑いを込めた声で今一度問いかけた。

「あのな、その依頼内容じゃ全く意味が分からなねぇだろ!」
「そうかい? なら、君が分かりやすいように言うとだね、狙撃主とネコを探してほしいだぞ!」
「だったら、最初からそう言えよ!」

 思わず突っ込んでしまったが、アルフレッドという青年は不可思議、それがアーサーが抱いた印象といえた。
 春の陽射しを弾く豪奢な金色の髪。同じ色の睫毛で縁取られた瞳は、初夏の空を思わせるブルースカイ。
 年齢は笑うと幼くは見えるが、不詳。体躯はまだ成長段階だろう。これからも身長が伸びることを示すようにTシャツ越しの肩幅や胸周りの筋肉はしなやかに見える。服装が軽装すぎるのか、あまり威圧感は感じられない分、若いながらも独特の風格は感じられた。それが、なんであるかアーサーには計り知れないが、この青年にカリスマ性があることだけは分かる。

「あのな…狙撃主くらい、俺に頼まなくても自分で探せるだろう」
「それが出来ていればここには居ないんだぞ」
「それも、そうか……」

 アルフレッドの言葉に納得するも、依頼情報が少なすぎること気付いたアーサーは、矢継ぎ早に質問を口にした。

「とりあえず捜す相手の名前は? 身体的な特徴はあるのか? それ以外でも情報があるなら、早く言え!」
「彼の名前はギルバート。金髪の碧眼なんだぞ」

 これくらい特徴であれば、この街にはいくらでも居る。数えきれないくらいだ。なのに、たったそれだけの特徴で捜せというのは無茶としか言い切れない。もっと具体的な特徴がほしかった。

「もっとないのかよ。特徴的な傷とか、何か…」
「特徴的か~。俺にすれば彼は家族よりも、まして恋人よりも大事な人なんだぞ!」

 だから必ず探してほしい、眼鏡越しに真剣な眼差しで懇願するアルフレッド。その言葉を聞いた瞬間、イギリスは頬がひくつくのが分かった。しかし、私情を交えてはいかない。気持ちを切り替えるように頭を振るが、口をついたのはアルフレッドの言葉だった。

「……家族よりも、恋人よりも、大事な相手」
「そうなんだぞ!」
「っていうか、な…名前くらいじゃ無理だって気付けよ、ばかぁっ!」

 アルフレッドの反応を見て、自分の失態に気付いたアーサーはその場を取り繕うように言葉を続けたが、その口調は自分でも分かるほど動揺していた。

「バカって…、名前と身体的な特徴を言えって言ったのは、君なんだぞ!」

 勢いよくソファの前に仁王立ちになり、不服そうに唇を尖らせる姿を前にアーサーからは深いため息と共に、落胆の声が漏れる。

「あのな~……」

 確かに基本的な情報を求めて質問したのは自分だが、それをそのまんま返すアルフレッドは素直すぎた。いや、もしかすると依頼者としてココへ来た事は偽装であって、別の意図を隠しているのかもしれない。
 そんな疑念を抱かせるほど、アルフレッドの態度はこれまで依頼者とは掛け離れすぎていた。

「あ、そうだ。ネコに特徴はあるのか?」

 これ以上話し合っても埒が明かないと判断したアーサーは、ネコの事へ話題を転化させた。それからアルフレッドに座るよう手で合図を送るが、相手はそれを見ていない。むしろ鼻息荒く語りだした。

「勿論あるさ! 見た目はクールでラブリー、表情がとってもプリティーで、フレンドリーなナイスガイなんだぞ!」

 今度は、形容詞ばかり並べ立てられた。要領の得ないアルフレッドの説明に愕然とするアーサーの目の前で、未だに猫について嬉々と語るアルフレッドであるが、依頼を調査するアーサーからすれば、全く役に立たない情報ばかり。
 どうやらアルフレッドは、こちらが意図することを読み取れない体質なのかもしれない。そう解釈することで気持ちを落ち着かせる事にした。そうでなければ、空気の読めない相手に苛立ちが募ってしまう。

「分かった! 十分だアルフレッド。もういい」
「なんでだい? もっと語ることが出来るんだぞ」
「ネコについては、もう十分だ。それより……ギルバートについて、もう少し詳細がほしいんだが」
「なら、この案件は引き受けてくれるんだな!」

 中途半端になっていた情報要求をしたつもりなのに、アルフレッドは『依頼承諾』と受けとったようだ。テーブルを飛び越えるといきなりアーサーに抱きつき「前払いなんだぞ」と耳朶へ囁く。そして、満足そうな笑顔を浮かべたまま、アルフレッドが唇を寄せてくる。視界一杯に青年の容貌に占領され、アーサーは反射的に目をつぶってしまった。
 微かにぬくもりと共に、唇に、アルフレッドの唇が触れる。
 予想外の行為に身を凍りつかせていると、アルフレッドが微笑んでいる気配があった。
 相手の出方を警戒しつつ、そろそろと双眸を開けたアーサーの視界に、先ほどとは打って変わって人の悪い笑みを湛えるアルフレッドの貌が飛び込んでくる。

「さっきも言ったけど、これは前払いなんだぞ。調査は頼んだよ、アーサー」
「ふ、ふ、……ふざけるな―――ッ!」