Summer Vacation
「僕はもう一歩だって動かないぞ。絶対にだっ!」
そう言ってドラコは木陰のベンチにドサリと座った。
ハリーは呆れたように相手を見つめる。
「――今回の旅行のプランは君が練ったんだよ。僕は一切、口を出さなくて、君の計画に付いてきたのに、その言い出した君が先に音を上げるのかい?」
問いただす声にドラコは不機嫌にそっぽを向く。
「ふん、そんなこと知ったことか」
ふてくされた返事をして、ベンチの背もたれに体を押し付けた。
どっしりとしたそれは石で彫られたもので、冷たい感触が気持ちがよかったのだろう、ドラコは深いため息をついて、そのままぐったりと瞳を閉じる。
ハリーはその前に立ち、汗をぬぐった。
パタパタとさっき入り口でもらったパンフレットで仰いで、少しでも自分に風が当たるようにするが、一向に涼しくはならない。
外気温があまりにも高すぎるからだ。
ジリジリとした容赦ない日差しが、ふたりの背後を照らし続けている。
今がまだ午前中だということが信じられない。
正午を過ぎたら、いったいどれくらい暑くなるのか、ハリーにも分からなかった。
見上げるとキラキラと黄金の塔が幾重にも立ち並んで、そびえたっている宮殿が、目の前に広がっている。
金箔に塗られた豪華な壁を覆い尽くすように、一面にびっしりと、色とりどりのガラスが貼り付けられていた。
強い日差しに負けることなく、いや、むしろそれ以上に、太陽の光を集めて、それらは輝きを放っている。
解説書によれば『ヤック』と呼ばれる、鳥の形を模して造られた守護神でさえ、黄金色に光り輝いていた。
ラ・モンドップの入り口を守る蛇は5つに分かれ、すべてがゴールドだ。
半人半鳥像のキンナラは。優美な姿のままに、金で覆いつくされていた。
すべてが光を集めて輝き、眩しくて、目を細めて見ないと、寺院の全体が見えないほどだ。
ハリーは溢れるような光の洪水を見上げて、何度も眩しそうに瞬きを繰り返した。
(絶対にサングラスを買おう)と、心に決める。
そうでなければ、あまりにも世界が眩しすぎて、クラクラと眩暈を起こして、頭痛がしそうだったからだ。
ハリーは首筋を伝い落ちる汗を拭った。
そしてそのまま、ドラコを促す。
「午前中にエメラルド寺院を回る予定なんだろ?ここは見てのとおり、とても広いから時間がかかるよ。早く見学しないと、ランチを予約していた時間に間に合わない」
「――――いやだ、動きたくない。これ以上動いたら、僕は熱射病で倒れるぞ。死んでしまうからな」
ドラコがこんなにも駄々を捏ねるは、ある意味、仕方がないことだった。
確かにこのベッタリとした熱気は湿気が多くて、まるで出口のないサウナの中にいるみたいだ。
ドラコでなくても、ハリーも同じように、全身が汗にまみれている。
つい1時間前まで、ホテルの部屋でシャワーを浴びて快適に過ごしていたことが信じられない。
あの時と今とでは、まさに天国と地獄の様相を呈していた。
それでもハリーは一応、相手に食い下がった。
「ここの見学を済ませたら、『バイヨーク・スカイ』でランチを食べて、『ローズガーデン』に行って、象の背中に乗って散歩して、夜は『オリエンタルホテルのサンセットディナークルーズ』で、船からの夜景を楽しむっていう、君が「完璧だ」と言い切ったプランは、いったい、どうするつもりなんだ?」
「全部、パスだ」
あっさりとドラコはサジを投げる。
「こんなに暑いなんて、予想外だ。やってられるか」
フンと鼻を鳴らした。
「今年のサマーバカンスは、タイに行きたいって言い出したのは君だよ。僕があれほど、夏のアジアへは暑すぎるから、行くものじゃないと注意したのに、君はガンとして聞き入れなかったじゃないか。『絶対に面白い。僕が保障する』とまで宣言したのに、それを忘れたのかよ?」
「――ああ、忘れた。殺人的な暑さに、きれいさっぱり忘れたぞ。こんなに暑いなんて詐欺だ、まったく!」
「サギって……。ちゃんとツアーパンフレットに、気温や湿度のことは書いてあっただろ?」
「そんな細かい部分なんか、僕が見る訳がないだろ」
「はぁ…………、君ってホントに仕事以外のことは、まるっきり大雑把だよね」
ハリーは呆れたように頭を振った。
きっと幼い頃から、欲しいものや希望を言うだけで、あとは回りにいる者が全てのことを滞りなく揃えて、準備してくれていたのだろう。
よくある『上流階級のゴージャスな生活』というやつだ。
そういう特権に胡坐をかいた暮らしが長かったドラコは、細かいことなどほとんど考えない性格だった。
それは、ふたりが生活を始めた今でも、変わっていない。
時々、そんな浮世離れしたドラコの身勝手な態度にかき回されて、すれ違い、うんざりするとこもあったけれど、それはそれとして、ハリーはドラコが起こすハプニングを、別に気にしてはいなかった。
育ってきた環境や、生き方が、バラバラだからこそ、そこに面白さや、楽しさがあることに、ハリーは気付いていたからだ。
そう言ってドラコは木陰のベンチにドサリと座った。
ハリーは呆れたように相手を見つめる。
「――今回の旅行のプランは君が練ったんだよ。僕は一切、口を出さなくて、君の計画に付いてきたのに、その言い出した君が先に音を上げるのかい?」
問いただす声にドラコは不機嫌にそっぽを向く。
「ふん、そんなこと知ったことか」
ふてくされた返事をして、ベンチの背もたれに体を押し付けた。
どっしりとしたそれは石で彫られたもので、冷たい感触が気持ちがよかったのだろう、ドラコは深いため息をついて、そのままぐったりと瞳を閉じる。
ハリーはその前に立ち、汗をぬぐった。
パタパタとさっき入り口でもらったパンフレットで仰いで、少しでも自分に風が当たるようにするが、一向に涼しくはならない。
外気温があまりにも高すぎるからだ。
ジリジリとした容赦ない日差しが、ふたりの背後を照らし続けている。
今がまだ午前中だということが信じられない。
正午を過ぎたら、いったいどれくらい暑くなるのか、ハリーにも分からなかった。
見上げるとキラキラと黄金の塔が幾重にも立ち並んで、そびえたっている宮殿が、目の前に広がっている。
金箔に塗られた豪華な壁を覆い尽くすように、一面にびっしりと、色とりどりのガラスが貼り付けられていた。
強い日差しに負けることなく、いや、むしろそれ以上に、太陽の光を集めて、それらは輝きを放っている。
解説書によれば『ヤック』と呼ばれる、鳥の形を模して造られた守護神でさえ、黄金色に光り輝いていた。
ラ・モンドップの入り口を守る蛇は5つに分かれ、すべてがゴールドだ。
半人半鳥像のキンナラは。優美な姿のままに、金で覆いつくされていた。
すべてが光を集めて輝き、眩しくて、目を細めて見ないと、寺院の全体が見えないほどだ。
ハリーは溢れるような光の洪水を見上げて、何度も眩しそうに瞬きを繰り返した。
(絶対にサングラスを買おう)と、心に決める。
そうでなければ、あまりにも世界が眩しすぎて、クラクラと眩暈を起こして、頭痛がしそうだったからだ。
ハリーは首筋を伝い落ちる汗を拭った。
そしてそのまま、ドラコを促す。
「午前中にエメラルド寺院を回る予定なんだろ?ここは見てのとおり、とても広いから時間がかかるよ。早く見学しないと、ランチを予約していた時間に間に合わない」
「――――いやだ、動きたくない。これ以上動いたら、僕は熱射病で倒れるぞ。死んでしまうからな」
ドラコがこんなにも駄々を捏ねるは、ある意味、仕方がないことだった。
確かにこのベッタリとした熱気は湿気が多くて、まるで出口のないサウナの中にいるみたいだ。
ドラコでなくても、ハリーも同じように、全身が汗にまみれている。
つい1時間前まで、ホテルの部屋でシャワーを浴びて快適に過ごしていたことが信じられない。
あの時と今とでは、まさに天国と地獄の様相を呈していた。
それでもハリーは一応、相手に食い下がった。
「ここの見学を済ませたら、『バイヨーク・スカイ』でランチを食べて、『ローズガーデン』に行って、象の背中に乗って散歩して、夜は『オリエンタルホテルのサンセットディナークルーズ』で、船からの夜景を楽しむっていう、君が「完璧だ」と言い切ったプランは、いったい、どうするつもりなんだ?」
「全部、パスだ」
あっさりとドラコはサジを投げる。
「こんなに暑いなんて、予想外だ。やってられるか」
フンと鼻を鳴らした。
「今年のサマーバカンスは、タイに行きたいって言い出したのは君だよ。僕があれほど、夏のアジアへは暑すぎるから、行くものじゃないと注意したのに、君はガンとして聞き入れなかったじゃないか。『絶対に面白い。僕が保障する』とまで宣言したのに、それを忘れたのかよ?」
「――ああ、忘れた。殺人的な暑さに、きれいさっぱり忘れたぞ。こんなに暑いなんて詐欺だ、まったく!」
「サギって……。ちゃんとツアーパンフレットに、気温や湿度のことは書いてあっただろ?」
「そんな細かい部分なんか、僕が見る訳がないだろ」
「はぁ…………、君ってホントに仕事以外のことは、まるっきり大雑把だよね」
ハリーは呆れたように頭を振った。
きっと幼い頃から、欲しいものや希望を言うだけで、あとは回りにいる者が全てのことを滞りなく揃えて、準備してくれていたのだろう。
よくある『上流階級のゴージャスな生活』というやつだ。
そういう特権に胡坐をかいた暮らしが長かったドラコは、細かいことなどほとんど考えない性格だった。
それは、ふたりが生活を始めた今でも、変わっていない。
時々、そんな浮世離れしたドラコの身勝手な態度にかき回されて、すれ違い、うんざりするとこもあったけれど、それはそれとして、ハリーはドラコが起こすハプニングを、別に気にしてはいなかった。
育ってきた環境や、生き方が、バラバラだからこそ、そこに面白さや、楽しさがあることに、ハリーは気付いていたからだ。
作品名:Summer Vacation 作家名:sabure