バルカイストに30のお題
02/聖堂にて
すべての始まりだと、そう感じたのはどうしてだろう。
本当に始まったのは、ここではない。それは、あの穏やかなルートタウン、水の都であり、そうでなければ、萌えたつ緑のフィールドか、一転して薄暗いダンジョンであったはずだ。
それでも、どうしてか、ここからだ、と、強く感じている。
「……アウラ。君は、今どこにいるんだろう」
初めて訪れた世界。初めて見る友人の姿。
そのすべてが砕け散った、あの始まりの日。その始まりを告げた、白き少女。
けれど、今こうやってただ一人、ぽつんと立って。思い浮かぶその始まりは、彼ではない。彼女ではない。
何もわからず、ただ戸惑うばかりの自分に荒々しく現実を突きつけ、目を開かせた一振りの剣。
左の拳を握り締める。けれどその動きは当たり前だが画面の中のPCには反映されない。そんな些細でどうでもいいリフレクションに容量をとるほど、CC社は莫迦でも暇でもないらしい。
じっとりと濡れて焦る手のひらとは裏腹に、一定時間放置されていた鮮やかな色のPCは、退屈とばかりにぴょんぴょんと跳ねだしさえした。
く、と口唇の端が持ち上がる。
その自分の心と不整合極まりない動きが可笑しいと、思える自分が可笑しかった。
「大丈夫。大丈夫だよ。待ってて、オルカ」
ボイスチャットは、トークモード。誰もいない聖堂に、ログだけが流れる。
このログは、どれくらいの間、残るのかな、とふと思った。
今までここに、自分や自分に関わりのあるPC以外を見かけたことはない。
けれどもし、このログが残ったままで、もし、他の誰かが見かけたとしたら―――いや、恐らく、何のことかは、わからないだろう。
もちろんフィアナの末裔は有名人だから、少しばかり話題にはなるかもしれないけれど。
どんな気持ちで、どんな意図でこんなことを呟いたのかまでは、分かるまい。
それが分かるのは、自分のパートナーとも呼べる少女のPCと、遥か上天からすべてを見下ろそうという誰かと、それから。
(結局、ヤスヒコはそんなにガイドしてくれなかったけど……それでも、やっぱり、ガイドしてくれたんだ)
軽い気持ちでログインして、親友に連れられるままにほんの少しの冒険をして。
親友の昏倒ですら、そのときまで、どこか遠い世界のことのように思えていた。
あまりに現実味がなさすぎて、捉えきれていなかった。
親友の家から連絡を受け、病院に駆けつけ、眠り続ける顔を見て、それでも。
願望だったのかもしれないけれど、まるで何かの夢のように。明日になったら元に戻っているんじゃないかと、理由もなく思えるほどに。
そんな自分にこの世界が現実だと突きつけたのは、他でもない。その親友の「相棒」だった。
自分の知らない世界が親友にあったことを知らしめ、そこに自分が関わってしまっていることを、否も応もなく叫びたてた。
そこに、オルカ(ヤスヒコ)がいたから。
(自分が出来ないからって、代わりを残していったみたい)
それは、あの白銀の剣は、親友ほどに親切なガイドではないけれど。けして優しく導いてなどくれないけれど。
それでも、自分の目を開かせたのは、紛れもなく彼であり、それは、この場所のことなのだ。
だから、ここからだ。と、強く感じている。
もし誰かに訊かれたならば、「すべての始まりは、ここだった」と確かに語るのだろう。
PCの目を通して、戒められた少女の像を、強く見上げる。
8つの名を冠された鎖を断ち切るには、自分の力だけでは不足。
そして、彼の力だけでも、不足に違いないのだろう。
だから―――きっと。
(聞かれたら……見られたら、怒られるかな)
それでも。
「僕の他にも、僕以外の方法で解決しようとしてくれる人がいるから。だから安心できるんだよ」
伝えたい。最後にはきっと、手を取り合えると。
「バルムンク」
放っておかれたPCが、無邪気に飛び跳ねる音を聞きながら。
初めの場所で、「僕」は、そう、語りかけた。
作品名:バルカイストに30のお題 作家名:物体もじ。