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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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Complicated GAME

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Act.2 Strawberry Tea



何度見上げたって、

空は灰色のまんまで。


なんか期待してるニンゲンを嘲笑うみたいに、

ユウウツな気持ちだけ

降らせてる。



だけど、ガラスの向こうのストリートは、

空なんかと違うから。



ずーっと見てれば、



ほら、さ。




待ってた影が、見えるだろ?











 ふんわりと、バニラの香りに隠されながら拡がるのは、クセのあるニルギリ。


 カップぎりぎりまで絞り出されたまっしろなホイップクリームに、ちょこんと乗ったまっかなイチゴ。



 パフェかサンデーかと見紛うようなストロベリーティーは、イブカの好物のひとつだ。



「へっへ〜」


 思い切りよく突っ込んだティースプーンでぐりぐりとかき回す。

 喫茶店のマスターが細心の注意を払って盛り付けた可愛らしいバリエーションティーは、あっと言う間にイチゴが浮かんだだけの白濁したミルクティーになってしまった。


 そんな、淹れた人間が見れば思わず涙するような無体な所業を注文の品が運ばれるや否やしてのけたイブカだが、一口紅茶を含んだその幸せそうな顔を見れば、淹れたほうも苦労が報われた心地になるに違いない。

 心底嬉しそうな顔で、イブカは温かい紅茶をすする。



「うめ〜……やっぱイチゴだよな〜」



 季節は春先。

 だんだん暖かくなってきているとは言え、灰色の雲にのしかかられるロンドンは、やっぱりまだまだ肌寒くて。

 甘いイチゴの香りと酸味、ホイップクリームの甘さがあたたかい湯気に混ざって、ふわりとイブカを包んでくれる。


 やや熱いくらいのカップを両手で押し包むように持ちながら、イブカはガラスの向こうにと視線を向けた。


 
 灰色の空の下を歩いていくのは、それでも浮き立つ季節を身にまといたい、とでも言うように明るいスプリング・カラーのジャケットやセーターに包まれた人々で、暗い中にぽつぽつと咲く光ファイバーを束ねた花のおもちゃを思わせる。



「I say it really doesn't matter where I put my finger …」



 知らずにもれるのは、近頃お気に入りのロックバンドの歌。

 低く店内に流れるジャズに逆らうように、陽気な高い音が小さく響く。


 平日の夕方、喫茶店にはイブカのほかにはほんの2、3人の客しかおらず、それを咎めるものは誰もいない。



 とろりととろけるバニラアイスの乗ったフォンダンショコラをフォークで崩しながら、イブカの視線はガラスの向こうに向けられたまま。











 ロンドンの空は、今日も灰色のまま。

 暖かくなってきている空気がわずかに春の気配をまとわりつかせているとは言え、風はやはり冷たい。

 ジャケットの下に薄手のセーターを着込んできて正解だった、などと思いながら、アル・ワトソンは自分の住んでいるフラットのあるケンジントン駅に帰り着いた。


 同じように帰宅する人でごった返す構内をすり抜けるように歩きつつ、もう何ヶ月かで2年を迎えようとするほどに長い間、携わってきた任務について考えてみる。



(……何となく……そろそろ来るような気がするんだけど……)



 この間の出張はどこだったか……東京か、ローマか、パリか。今度はどこになるのだろう……
 
 この件に関しては慢性的疲労を溜め込んでいる頭が早々に思考を放棄させる。


 そう、どの道、ひとつ情報が入ればすぐさま飛んで行くことになるのだから。


 何の連絡も進展もない間くらい、そこから離れてゆっくり頭を休めたとて、誰が彼を責めようか。



(まったく……どこにいるんだ、イブは)



 それでも、ついつい考えてしまうのは生来の生真面目さからか。


 あの奔放なこどもに関わって以来、その存在は片時も頭から離れようとはしない。



 その鮮やかなまでの存在感は、いっそ羨ましいほどで。



 それほどに特徴的なくせして、本気で行方をくらまそうとすれば、一向に見つからないほどに隠れおおせることができるのはどうしてなのかと、何度か考えてみたことに、また頭を悩ませてみる。


 ……それでも。今は、イブカは「彼ら」から離れるつもりもないらしい。

 すぐにふらりと姿を消しはしても、なぜかすぐにどこかのエージェントに発見されているという事実がそれを物語っている。



 付きまとう一抹の不安ばかりは、どうやっても消せはしないのだけれど。



(……まあ、考えていても仕方ないしな……)


 それより今日の夕食をどうしようか、などと一転して日常に思いを馳せつつ、人込みに押し出されるようにしてアルは駅の外へと歩みだす。



 そして、それを待っていたかのように。





不思議な旋律が流れる。





 ブズーキーやマンドリンの、異国情緒漂うような、そのくせ懐かしい、と思わせるような細い、そしてどこかたどたどしい調べ。

 馴染みのないその音の連なりに、驚いて足を止めたアルはふと、自分のスーツのポケットの中で振動しているものに気付いた。


「え……僕?」


 言われてみれば、どこか拙さをにじませるそのメロディは、なるほど携帯の着信用のものに違いない。


 けれど、アルには自分の携帯にそんな曲を入れた覚えなどみじんもなかった。


 慌ててポケットに手を入れ、細かく振動を続ける小さな携帯電話を取り出す。



「メールの着信……誰だろう?」


 いぶかしみながら文面を表示させれば、





『退屈だぜ〜』





 署名もない、そんな一言が素っ気無くディスプレイに並ぶ。



「……イブっ!?」


 わたわたと、驚きのあまり携帯を取り落としそうになりながら、食い入るように画面を見つめる。

 そうしていたからと言って、文面が変わるわけでも、イブカの所在が知れるというものでもないのだが。


「え、え、え……まさか、ロンドンに帰ってきてるのか!?」


 立ち止まって目を白黒させているアルを、通りすがる人々は奇異な目で見たり、邪魔そうに顔をしかめてよけて行ったりしているが、そんなことにはかまってられないとばかりに、彼は無意味にきょろきょろと視線を彷徨わせる。



 そうこうしている間に、もう一度、同じメロディ。


 今度はほとんど間を置かずに、アルはボタンを操作した。





『あんた、相変わらずだな〜。
ストロベリーティーがうまいぜ〜』





 まるで、こちらをどこかから見てでもいるような、言葉。

 笑いを含んだ、その声すら聞こえるようだ。



「イブっ!? どこに……」



 帰宅する人々で込み合う、ケンジントン駅に面したストリート。



(……思い出した)


 あの曲は、以前イブカが気に入った、と言って楽しげに口ずさんでいたメロディだ。

 日本の何とか言うゲームの曲だとかなんとか、言っていたような気がする。


「あいつ……勝手に人の携帯に入れたな!」


 呆れはするけれど、やはり怒りは湧かない。こんなイタズラは、いかにもイブカらしかった。

作品名:Complicated GAME 作家名:物体もじ。