Complicated GAME
Act.? Our Morning Tea
「A Happy New Year」
言える相手が居ることが、今。
こんなにも、嬉しい。
*
「アル、アルアルっ! 出かけようぜっ!!」
あと数時間で新年を迎えようというそのとき……つまり、真夜中に。
ある事件以来、アル・ワトソンの(半)同居人になっているイブカが、突然そんなことを言い出した。
「……ええっ? だってイブ、今、夜中だよ?」
「だからだよ! 行こうって」
「何でわざわざ……それに、今はニューイヤーズ・イブだからきっとどこも混んでるよ。イブ、人込みは嫌いだろう?」
「いいんだよっ!! ほら、行くぞ!」
「あ、ちょっとっ……待ってよ!」
一体、何なんだ、いきなり?
ニューイヤーズ・イブで盛り上がる町の様子を中継していたテレビを消して、アルは慌てて立ち上がる。
一体こんな夜中に何をしにどこへ行くのかは知らないけれど、だからと言って放っておく、というわけにも、アルの立場上、いくわけはない。
……公私、ともに。
「あれ? イブ、何持って……」
「何でもねーよ。行くぞ」
「え、うん……」
一応玄関で待っていてくれたらしいイブは、珍しく何か荷物を抱えていた。
アルが視線を向けるとそそくさと隠してしまったけれど。
「ねえ、イブ。どこへ行くんだい?」
「いいから、黙ってついてこいって。本当に口うるさいな、アンタ」
「………………」
「はぐれるんじゃねーぞ」
「う、うん……」
ひょいひょいと、「本当に人込みが苦手なのか!?」と訊きたくなるくらいに慣れた仕草で、イブカは町にあふれかえる人々を避けていく。
迷いのない足取りは、どうやら家を出たときから目的地は決まっていたらしい。
何度もどこへ行くのか訪ねたせいか、少々不機嫌そうなイブカの横顔が、暗い街に紛れそうになるたび、アルは冷や汗をかきながらその姿を必死に追う。
(……ニューイヤーズ・イブだってのに……僕は何をやってるんだろう……)
町を歩き、あるいはそのあたりに集まって新しい年を待つ人々は、誰もみな楽しそうで、アルのように、必死にこどもを追いかけているような人間なんて、いるはずもない。
でも、それは、この浮き立つ町の雰囲気などどこ吹く風で、ひたすらどこかを目指すイブカにも言えることで、アルとイブカはきっとこの町から二人だけ、見事に浮き上がってしまっているんだろう、そう、思えた。
それでも、イブカがそれを気にしないのはいつものことながら、アルの方も特に気になる、というわけでもなかった。
それは、ふっと(何やってるんだろう)とか思わないわけでもないが、ちゃんとイブカはアルの視線の先にいるし、このイレギュラーな外出以外は至って平穏に新年を迎えられそうな気がしていたからだ。
これだって、イブカがきちんと自分を誘ってくれている以上、いつもみたいな海外出張の先触れというわけでもないだろうし。
少しずつ。アルはこの真夜中のおかしな外出に、気持ちが浮き立ち始めていたのかもしれない。
夜風は頬につめたくて、空は珍しく雲も霞もなく晴れ渡って、古めかしい外観をとどめるビルの合間から、星を覗かせてくれている。
通り過ぎる人々は誰も楽しそうで、でも自分は必死で赤い服を着たこどもを追いかけていて。
そのおかしなすれ違いが、なんだか、ふたりをいつもとは違う世界へと招いているような錯覚すら覚えてしまう。
「イブっ……」
そうして、どれだけ歩いていたのだろう。
ふっと、人込みが途切れて。
ちいさな赤い背中が、遮るものなく、アルの視界をいっぱいに染めた。
「……イブ?」
ぴたり、と止まった足に、いぶかしく思って、そろそろとイブカの横に並び、顔を覗き込もうとしてみる。
「あんた、やっぱ嫌か?」
「っえ?」
唐突なことば。
見れば、むすくれた顔をしたイブカが、上目づかいにアルを見上げていた。
「なに、イブ……?」
「だからっ!! あんた、オレと出かけるの、嫌かって、訊いてんだよっ!!」
「嫌って……何でそんなこと?」
「だって……」
かつん、と、イブカに蹴られたコンクリートの破片がちいさくかわいた音を立てる。
すねたように足をぶらつかせるイブカの仕草はやけにこどもっぽくて、今笑ったりしようものなら間違いなくその機嫌を損ねるとわかっていたから、、思わず頬がゆるみそうになるのを、アルは必死でこらえなくてはならなかった。
「あんた、さっきから『どこ行くのか』、とか『何しに行くんだ』、とかそればっかりじゃねーか」
「だって、そりゃ……イブカ、いつもいきなりどこかへ行っちゃうじゃないか」
「……そりゃそーだけどよ……」
「そうじゃないなら、行き先くらい、教えてくれても……」
「訊かなかったら、出かけることもできねーのかよ」
「そうじゃないけど……」
「ならいーじゃねえか。結局、嫌なのかよ?」
「そんなわけないじゃないかっ!!」
その一瞬。
まさしく、それは会心の笑み、だった。
「なら、行こうぜ」
「え、うん……」
それで話は終わった、とばかりにさっさと背中を見せる、赤いちいさな姿。
いつも通りに、アルはワンテンポ遅れてそれを追いかける羽目になる。
「……って、イブっ、結局どこへ……」
ふっと、振り返って笑うイブカの顔は、やっぱりいつもと同じ。
気ままで破天荒で、無邪気な小悪魔。
「来ればわかるぜ〜」
*
「イブ……ここ……」
「へへっ……いいとこだろ? こないだ見つけたんだぜ〜」
やがてイブカが足を止めたのは、タワー・ブリッジにほど近い、川べりの遊歩道。
北にゴシックなふたつの塔を載せたタワー・ブリッジとロンドン塔の壮麗な姿を望む、けれど人のいない、静かな場所。
「このへん、ビルばっかだからな〜。観光客や騒ぎたいヤツらはみんな、タワー・ブリッジの方に行っちまうんだ〜」
「へえ……こんなところにこんな静かな場所があるなんて……知らなかったよ」
ニューイヤーズ・イブに浮かれる人々の陽気な喧騒が、まるで薄いフィルターを通したように、遠く、遥かに聞こえる。
今、アルとイブカがいる場所の静けさに遠慮するように、ひそやかなそれが、ここにはふたりしかいないのだということを、ぼんやりと伝えていた。
「いい場所だね」
こぼれる笑みのまま、アルはイブカを振り返る。
テムズの向こう岸の明かりを背にして、微笑むその金色の前髪が、淡い月の光をはじくように、すこしだけ光った。
「……ま、オレのお気に入りだからな〜」
無言でその隣に並ぶイブカは、タワー・ブリッジとロンドン塔、そして立ち並ぶビルの光を従えるように、あざやかな蒼の瞳をきらめかせてわらう。
「……そうなんだ」
「そ〜なんだ」
どんっ、と。
ふと、途切れたことばの合間を縫うように、腹に低く響く音。
作品名:Complicated GAME 作家名:物体もじ。