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あなたに幸あれと私は願う

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「私は魔界に帰ります」
ベルゼブブ優一は愛想良く微笑みながら告げた。
今、ベルゼブブはペンギンに似た姿である。
芥辺による結界の力がかかっている状態なのだ。
「えっ、もう帰るんですか?」
佐隈りん子はメガネの向こうで眼を丸くさせた。
そんな彼女に対し、ベルゼブブはうなずいて見せる。
「はい。私の仕事はもう終わりましたからね」
笑顔を崩さず、やわらかな声で答えた。
佐隈に召喚されて魔界から人間界にきて、依頼された仕事を悪魔の力を使って片づけ、芥辺探偵事務所にもどってきたところである。
この事務所の主である芥辺は自分のデスクで本を読んでいる。こちらの話には関心のない様子だ。
「でも、ここにもどってきたばかりじゃないですか」
佐隈は言う。
「あ、そうだ、晩ご飯を一緒に食べませんか?」
窓の外は暗い。仕事をしているあいだに夜になっていたのだ。
「いいえ」
ベルゼブブは頭を横に振る。
「魔界のほうで食事しますから」
「そうですか……」
佐隈は残念そうだ。
けれども、ベルゼブブは前言をひるがえさず、佐隈から眼をそらし、この部屋にいるもうひとりの悪魔を見た。
「アザゼル君」
「なんや、べーやん」
アザゼル篤史はソファでくつろいでいる体勢のまま返事をした。
「君も魔界に帰るんですよ」
「ワシはもうちょっとここにおるわ」
「ダメです」
「なんでや。ワシはさくちゃんと晩ご飯を食べるんじゃ。べーやんだけ先に帰ったらええやろ」
そうアザゼルから拒否されたあと、ベルゼブブは背中の羽根を動かした。
ベルゼブブはアザゼルのほうへと飛ぶ。
アザゼルの近くの少し高い位置まで行くと、その眼をじっと見る。
「あなたも帰るんですよ」
さっきとより強い調子で告げた。
アザゼルは黙っている。なにかを考えている表情だ。
少しして。
「……しゃーないな」
あっさりとした声で言い、アザゼルはソファから立ちあがった。
魔界に帰る気になったらしい。
ベルゼブブは佐隈のいるほうを見た。
眼が合う。
「それでは」
ベルゼブブは微笑みながら、佐隈に向かって別れの挨拶をした。




作品名:あなたに幸あれと私は願う 作家名:hujio