あなたに幸あれと私は願う
「べーやん」
魔界に帰ってきた直後、アザゼルが少し厳しい声で話しかけてきた。
「なんや、最近、さくちゃんのこと避けてへんか?」
「避けてはいませんよ」
おたがい結界の力が解けて本来の姿にもどっている。
「せやけど、以前は仕事が終わってもアクタベの事務所でのんびりしとったのに、この頃は仕事が終わったらさっさと帰るようになったやんか」
「仕事が終わったらすぐに帰るほうが普通でしょう」
「べーやん」
アザゼルはベルゼブブをにらむように見すえている。
「ワシはべーやんみたいに暴露の力は使えへんし、べーやんと比べたらアホや」
人間界にいるときのような犬面ではなく引き締まった顔なので迫力がある。
「けどな、べーやんがなんか隠してんのぐらい、わかるで」
「……さくまさんとアクタベ氏をふたりきりにしたいんです」
アザゼルの迫力に押されたわけではないが、ベルゼブブは正直に答えることにした。
やはり、友人であるので。
だが、その友人は眉間にシワを寄せた。
「意味、わからへん」
「アザゼル君」
ふと、ベルゼブブはあることを思いついた。
「ちょうどいい。君の職能は淫奔だ」
「ああ、そーやけど」
「お願いがあります」
「なんや」
「君の力を使って、さくまさんとアクタベ氏が男女の関係になるようにしてください」
「はぁ!?」
アザゼルは大きな声をあげた。
「なに、ゆーてるんや、べーやん!」
「君ならできるでしょう?」
ベルゼブブは退かずに、アザゼルをじっと見る。
「……冗談とちゃうんか」
「ええ、本気です」
「ワケを説明せえ」
理由を知りたいと思うのは当然のことだろう。
だから、ベルゼブブは話す。
「さっき、君は言ったでしょう。以前は仕事が終わってもアクタベ氏の事務所でのんびりしていた、と」
「ああ」
「あそこは、居心地がいいんです」
ベルゼブブの頭に、芥辺探偵事務所でくつろいでいたときの光景がよみがえった。
つい、頬に笑みが浮かぶ。
「いつ頃からか、私はあそこを失いたくないと思うようになりました」
仕事は終わったのに魔界に帰らず、あたりまえのように事務所にとどまっていた。
みんなで一緒に食事をした。
買い物に出かけたりもした。
ただの日常生活だ。
しかし、それが楽しい。
ずっと続けばいいと思ってしまう。自分は悪魔なのに。
「失わないためには、我々の契約者であるさくまさんとアクタベ氏がうまくいくのが一番いいんです」
芥辺は得体が知れず恐ろしくはあるが、天使を近づけさせないよう結界を張ってくれてもいる。
それだけ力のある芥辺と自分の契約者である佐隈の結びつきが強固になったほうがいい。
アザゼルは眼を伏せた。
考え事をしているようだ。
作品名:あなたに幸あれと私は願う 作家名:hujio