運命の人
山本 武
中学の頃、よく女子に告白された。好きです、と言ってきた彼女らはみんなそれなりに真剣で、もちろん嬉しかったし何度か付き合った。
高校以降も、そういうことはあったし他人のそういう場面も見た。振ったり振られたり出来上がったり、結果も組み合わせもそれぞれだったが、なぜかあまり区別がつかなかった。少女マンガのような波乱万丈はなくとも、誰だって自分しか知らない恋心を抱えて結末を得るというのに、全てよくあること、の範疇で収まってしまっていたのだ。俺自身のことですら。
俺は、特別な誰か、などという人間に果たして出会うのか。あるいは、誰かを選ぶ日が来るのか。野球にも親友にも代えられない誰かを。
ぼんやり思っていた頃、友人の一人が突然くっきりと見えてきた。きっかけは本当に些細なことで、相手も俺も驚いた。
何より仰天したのは、受け入れられたことだ。
でもそれは、別の話。
これは、もっとずっと明確に特別な二人についての話だ。
俺の親友と、親友が選んだ相手についての話だ。
白蘭との戦いから1年経たないくらいで、ボンゴレデーチモことツナの誕生日とリボーンの誕生日の合同バースデーパーティがあった。
例年本部で行われる大々的なパーティに、大学のプロムやら日本でよくパーティと言われるものを想像してはいけない。
例えて言うなら大物芸能人の結婚式が2日続き、のべ5千人の招待客が来るくらい、と言えば少しは派手さと規模が伝わるだろうか。
傘下の組織だけで一万を数えるボンゴレ、そのうち上澄み2千の代表をペアで招待して4千。残りの千人は、同盟ファミリーのボスや国の要人といった貴賓、ファミリー内の幹部連中とその連れ。
もちろん毎年そんなお祭り騒ぎができるはずもない。たまたまリボーンの奇数年の誕生日に当たる年だったことと、稀に見る激闘の傷が漸く癒えた祝いを兼ね、豪勢にやることにしたらしい。
バカ広いボンゴレ本部の中でも一番広い会議場は、お国柄というか、こうしたパーティにも対応できる豪奢な内装が使われている。
普段別部屋として仕切ってある小会議室部分を全て開け放せば、一階部分の全てが会場となる間取りになっていた。
因みに2階から上はホテル並みの設備を備えた厨房やクリーニングルームと、客のための待合、クローク、化粧室などなど。
当然厨房その他のスタッフだけが入れるところには警備スタッフがいちいちチェックを入れている。料理に毒でも盛られた日には、目も当てられない大惨事になるのは俺でもわかることだ。
一ヶ月前からサービススタッフの打ち合わせ、来賓についての申し送り、式次第なんかの把握でファミリーの主だった人間全員がおおわらわだった。一番大変だったのが当の主役とその右腕だったことは言うまでもない。
特に獄寺は、寝言でまで何を忘れたあれはどうしたと張り詰める始末。
・・・・・・・・・・・なんで俺が知ってるって?まあ、さっき言いかけたのはそういうことだ。
話を戻そう。
ツナは当日まで知らなかったが、祝いの席で獄寺と共演するバイオリニストは、大物同盟ファミリーのボスの姪にあたる娘だった。
つまり上層部が画策した、見合いも兼ねてたってこと。
見た目も優しげで、少し笹川京子に似た彼女は、万雷の拍手の中、主役であるボンゴレデーチモに花束を渡す役割を担っていた。
俺たち守護者は、数日前に獄寺から召集をかけられて知った。何と言って引っ張り出したものやら、雲雀もクロームも、六道までものフルキャスト。
「つまり沢田は、知らずに見合いをすることになるのか」笹川了平が珍しく、眉をひそめる。たぶん俺も似たような顔をしていただろう。
「まあな。もちろん10代目には断る権利だって・・・・だがこれまでみたいに、単に結婚する気がないって訳にはいかない」
彼女は友達付き合いから始めたいって言ってるらしいからな。
獄寺は寝不足気味の苦い顔で応えた。
9代目が子供を持たず、XANXUSの悲劇が起きたことは、未だ誰の記憶にも鮮明だった。
古くからボンゴレを支えてきた重鎮達の心配は、まっとう過ぎるくらい正しい。
本人の自由だからと、一蹴していいことではない。ツナが最終的にファミリーを解体するつもりであるとしても、いきなり屋台骨をとっぱらえば全員が傷つくだけだ。
「僕たちは、将来ボンゴレの伴侶になるべき人も、万全に守る必要があるということですね」
ランボが慎重に言葉を選ぶ。15にしちゃしっかりした方だろう。小僧にいちいちつっかかってきた頃からは比べ物にならないほど、成長した。
「そのファミリー、穏健派で敵対勢力は今のところなかったよね?少なくとも当日来る中には」
応接セットの輪から外れたところから、雲雀。
「ああ。そこは大丈夫だが、万が一ってことがある。しかも、これから先は、当日乗り切ればいいって話じゃない」
「まあ、確かにグローブがあってもなくても、ツナはもう十分強いからな・・・」ほんの少しの寂しさを込めて、俺。
守るとするなら、やはり弱いほうだろう。彼女はいつか間違いなく、危険な目に遭う。
「待ってください。その人がボンゴレと結婚する可能性があること、今現在もある程度は知られているのでは?そしてボンゴレ内に、沢田綱吉と係累を引き合わせたい人間がもういないとは考えられません」
今、彼女についているのは誰ですか。六道の問いかけに、獄寺は溜息まじりで応えた。
「先方のファミリーの精鋭がついてるって話だ。俺たちがでしゃばる訳にはいかない」
7人全員が黙り込んだ。
人間かどうかも怪しいくらいの、常識の枠を超えた奴らばかりを相手してきた俺たちにすれば、刺客なんて強力な奴が一人いれば一瞬で済むと考えてしまう。
「私、その子と仲良くなれるようにしてみます。当日までは身内の方にお任せしするしかないなら、その後はそばにいられるように・・・・」クロームの言葉は、今一番建設的な意見だろう。
「そうしてくれると助かる。クローム髑髏」
獄寺は、しっかりと霧の片方を見つめていた。
俺はもう片方の幻術使いを見ていた。夜明け前の湖みたいに静かな、綺麗な男を。
この男は7人の中で一番遠くから、他の6人と違う形でツナを追っていた。平気でいられるはずがないが、今は口を挟むべきじゃないと思った。
ボンゴリアン合同バースデー、初日。
聞きしに勝る華やかな式典が、滞りなく進んでいた。初日の主役はもちろんリボーン。客だけでなくプレスやカメラが入り、撮影会やらインタビューやらで座が盛り上がっていた。招待客はニヒルな赤ん坊のコメントに、口笛を吹いたり笑ったり、それぞれに楽しんでいる。
獄寺は司会進行に駆けずり回り、スピーチを頼んだ来賓に挨拶したり酒の減り方をチェックしたりとてんやわんやだ。
ツナはといえば、同盟ファミリーのお偉いさんたちに、とっかえひっかえ掴っていた。客はたくさんいるんだから、ひとりに時間をかけてなんかいられないってのに。
おまけに、苦手な赤をひっきりなしに薦められている。舌の肥えたひとたちだから味はいいのだが、初日から酔っ払っては当代の名が廃る。
「すみません、ボスをお借りします。デーチモ、キャバッローネにまだ挨拶が」
ディーノさんの名前を借りて、連れ出してしまった。
「サンキュ、山本。助かったよ・・・」