運命の人
ばんっ、と音立ててドアが開かれ、不穏な気配を纏った赤ん坊が姿を現した。よ、と山本が愛想良く手を上げたのを潮に、皆が仕事を始める。
こないだまでとちょっとだけ違う、それぞれの日常が始まる。
3日前までの24歳が25歳になるように。11年前までの敵が味方となり、今日の恋人となるように。
少しずつ一歩ずつ、ふたりが幸せになればいい。幸せになる覚悟を、持てばいい。
(どちらもいつかは咬み殺すけどね)
僕は頭数の増えた執務室を後にした。向かう先は、そう、僕の片割れの牙城。
ディーノに事の経緯を話すと、明るい色の瞳を丸くして驚きながらも、嬉しそうに笑った。
「へぇ、誕生日に彼氏をプレゼントってか。やるじゃねぇかお前ら。オレもお前に告るのこどもの日にすりゃ良かったかな」
出会って間もない頃、師弟(無論僕はそんなものになった覚えはないが)の誼だとか言って、ディーノが僕をイタリアへ招待したことがあった。慰安旅行にするつもりで風紀委員の皆を連れて行ったら、選りによってこの馬鹿は帰り間際に皆の前で交際の申込をしてきたのだ。僕もまた憎からず思ってたとはいえ、瞬時に彼を咬み殺したのは言うまでもない。
「あなたらしくないね。この業界にいるなら一日残らず悔いのないように生きないとって言ってなかった?」
大体僕は誕生日なんて興味ないよ、好きだと思ったとき相手にだけ伝えればいいと加えるとお前はリアリストだよなぁとやわらかな苦笑が返る。
まあそうかもしれない。今だって顔を見たくなったから来たまでであって、うっとうしいと思ったらすぐにも日本へ帰ってただろう。
「日本に帰るのは?」
「明日。当分こっちには来ない」
「そっか。じゃあ今度は俺が日本に行くよ。とりあえず今日は泊ってけ」
「うん」
大きなソファの端に座ったディーノの膝に頭を乗せて寝転がって、目を瞑った。ヒバードの羽音がしたけれど、鳴くことはなく、かわりに優しい指が髪を梳いてきた。ふあ、と欠伸をしてそのまま眠る。僕が微かな音でも目を覚ましてしまうことを、僕の周りでディーノだけが知らない。彼の傍で眠るときだけは、危険を感じない限り、起きずに済むから。
おやすみ、愛してるよ、恭弥。そんな声が聞こえた気がした。・・・・・わかってるってば。だからこうやって会いに来るんだよ。と告げるかわりに、僕は意識を手放した。