運命の人
雲雀 恭弥(後日談)
10月14日。六道宅へイチ抜けした沢田の代打となった獄寺の代わりに、あれこれと雑務を仕切る羽目になった。
10月15日。パーティの後片付けを指揮。子牛がやたらそわそわしていたので軽く咬み殺した。
10月16日。お騒がせな二人が、それぞれに出勤した。
さて、何と言ってからかってやろうかな。
・・・・・・・・・と、思ったんだけど。
普段と打って変わって、いち早く出勤した沢田は普段どおりの笑顔で皆を迎えていた。
「おはようございます、雲雀さん。手伝ってくれて助かりました。何もなくてよかった」
・・・・・・いや、少なくともキミはいろいろあったでしょ、沢田。
「獄寺くん、おはよ。君がいなかったら絶対できなかったよ、今回のパーティ」
・・・・・・言うことは本当にそれだけかい?
「あっ山本。初日からフォローサンキュ・・・って雲雀さん!?」
沢田は、僕が振り上げたトンファーを、目を丸くしながらも余裕で受け止めた。うん、もう小動物じゃないね。手加減とか全然要らないよね。
「ちょ、俺なんかしました?遅刻しなかったし群れてないし!」・・・・・・たまに、思う。沢田の脳味噌は中二からこっち、全く進化してないのではないか。あるいは、僕イコール風紀委員長という認識を皆目更新していないのではないか。
「そうじゃないでしょ。六道とどうなったか、まずは僕らに報告するのが筋ってもんじゃないの」
本当にどうもなってなかったら、この問いは残酷かな、と言った途端に思ったんだけど、無用な心配だったみたいだ。
「えっ・・・あ・・骸・・・なんで・・」酸素不足の金魚よろしく口をぱくぱくさせて、沢田は耳まで茹で上がった。つまりそれなりの進展はあったんだね。
「おい雲雀!10代目に何しやがる!」呆然とした後、獄寺が慌てて止めに入った。もちろんトンファーを緩めたりしない。
「何言ってるの獄寺、君もお膳立てに協力したんだから聞く権利はあるでしょ」
「お膳立てって何のことですか雲雀さん!」
「本当に君は鈍いね。酔っ払った君を僕らが六道に任せたのは、何のためだか考えなかったの」
さすがにここまで言えば、沢田も察しがついたらしい。赤い顔が一気に青ざめた。見かねた山本の助け舟が入る。
「雲雀、そういうことはツナが自分で言い出すの、待ってもいいと思うのな」
「甘いよ、山本。この子がマフィアの次期ボスっだって、君たちにちゃんと言ったのは何時だった?」
誰もが言葉に詰まったとき、ドアが開いた。
「おはようございます、皆さん。おや、雲雀くん、ボンゴレ。朝っぱらから元気ですねぇ」
癪なくらいいつも通りな、六道のご登場だが。ふたりの関係が一変したと、沢田がバラしてしまった(のに等しい)状況では、いっそ滑稽だ。
「骸・・・っ!」
六道に、僕と沢田、山本、獄寺の視線が集まった。二色の視線が皆の反応を確かめるように部屋を一巡し、六道は目を一度だけゆっくり瞬きして、嘘臭いほどの笑みを浮かべた。
「雲雀くん。僕の一番大事な人を放してあげてくれませんか?」
・・・・・状況を瞬時に把握し、動揺することなく即対応を決める。あるいは、端から今この展開を読んでいたか。つくづくと咬み殺し甲斐がある男だ。
「そう。沢田より君に聞いたほうがいいのかな、六道」
「聞くということは、この場の全員を巻き込んでいいということと理解しますが、宜しいですか?ああ、皆さん既に協力いただいているので構わないということでしょうか」
つくづくと可愛げのない奴だと思う。僕は、ふんと鼻を鳴らした。
「後押しがないと告白一つもできない根性なしが、生意気な口を利くね」
安い挑発だったが、六道が眉を寄せたから、沢田を突き放し、トンファーを長年の獲物に構えた瞬間。六道の手元から蔦が伸び、あっと言う間に沢田を絡め取って奴の胸元へと引き寄せた。
僕を含めて誰が止める暇もなく、奴は力ずくで想い人の後頭部を掌で押さえ、唇を重ねる。
「僕と沢田綱吉はこういう関係になりました。皆さんにおかれましては悪しからずご了承の上、引き続き応援いただけると嬉しいです」
深い青の方の目だけ瞑ってにっと笑う仕草が、中学時代よりなお板について気障ったらしい。と、沢田が思いっきり奴の脛に蹴りを見舞った。
「骸のバカ!カムアウトくらい俺に断れ!!」獄寺が完全に怒るタイミングを逃したらしく、フリーズしている。
「痛いですよ綱吉くん、大体君はファミリーに内緒にするなんて一言も言わなかったじゃないですか。責められるのは心外です」頬を掻く山本の「あーあ」という顔は、親友のキスシーンを見てしまった男としては標準的なものだろう。
「ああ俺が甘かったよ!10年も団体行動取ってりゃいくらお前でも常識ってもんがちょっとは身に着いただろうって思った俺がバカだったよ!言っとくけどここ職場だからな?」・・・・六道に常識とか求めていたの沢田。君って本当に怖いもの知らずというか残念というか・・・
「君に常識とか語る権利なんて空飛んだ時点でカケラもありませんよ。僕の人生の目標を潰したのですから君も僕に生涯を捧げるのが当然だと思いませんか?」つくづくと、沢田は六道のどこに惚れたのかな。まずそこを聞くべきだったかも。
「文句あるならご先祖様とレオンに言えよ!大体大真面目に前世とか輪廻とか語る電波野郎に常識について言われたかねー!」なんだ、分かってるじゃない沢田。
再びドアが開き、今度は笹川了平がクローム髑髏と子牛を連れて入ってきた。3人とも、目の前で繰り広げられる痴話喧嘩に目を丸くしている。
「あの、みなさん・・・二人は・・・・?」口汚く口論しあう、ドン・ボンゴレとボンゴレファミリー最強の術士を見比べ、おずおずと確認する視線が痛ましい。彼とてフォローに頑張ったし、僕らと同じくらいはらはらしながら彼らを心配したのだ。この僕としては最大限の功労賞のつもりで、声をかけてやる。
「まあ、一応出来上がったみたいだよ」
「ふむ。やはり沢田と六道は極限仲が良いな!」
勢い良く断じた晴れの守護者の一言に、くっついたばかりの恋人同士(たぶん)は水を浴びせられたように黙った。
・・・・・・・・ほんと、大丈夫かなこの二人。僕までもが思った瞬間、クロームがくすくす、とちいさな声で笑った。
笑いは連鎖する。山本が肩を震わせ、獄寺がやれやれという苦笑を浮かべ、子牛が眉を下げて目を伏せて口角を上げる。笹川はというと、満足気に二人を見守っている。
ふ、と僕もつられて笑ってしまう。群れるのは嫌いだ。でもこういうのは、偶になら悪くない。
この二人は危なっかしすぎる。数多の敵と死の淵を越えた沢田に、彼岸此岸両方の地獄を見た六道。二人の力やスキルから見れば、向かうところ敵などない組み合わせだけれど、ちょっとした齟齬は死ぬまで絶えないに違いない。
きっと別れる別れないの大騒ぎとか、どっちかが死ぬか生きるかの大怪我するような痴話喧嘩だって起きるだろう。でも、ほら。
決まり悪げにお互いを見つめ、周りにつられて二人同時に相好を崩す。やっぱり相性はいいみたいだ。そして。
「おい、雁首揃えて朝っぱらからダベってんじゃねーぞ」