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LittleLittlePrincess

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「クマはねー、クマはねー、コレなんかイイと思うなー」
そう言ってクマが背中から取り出したのは、リボンをふんだんにあしらったカントリー調のワンピース。フリルの裾が三段、四段と重なったスカートが女の子らしい。

「悪くないな。菜々子はピンク色が似合うから、こういうのも良いかと思うけど」
対して俺が選んだのは、ベビーピンクの生地に花の刺繍が施された若干シンプルな型のツーピース。袖口と裾から白いレースが覗く作りで、清潔感が漂う。

「因みに、今人気なのはこれだな。季節物だけど、逆に冬なら毎日着られるぜ」
店の売り上げまで知り尽くしているのか、陽介のお薦めはデータに基くもので白いボアの付いたワンピース。ふわふわと暖かそうで、サクランボを模した紐がポイントだ。

三者三様の見立てに当の菜々子は首をぐるりと回して眺め見て、どれを着れば良いのか迷っている。うんうん唸って考えている。
その微笑ましい様子についつい口の端が緩んで、慌てて顔を引き締めた俺だったが、それは杞憂だった。隣を見ればクマも、陽介も揃ってにこにこ顔を綻ばせている。優しく菜々子を見守っている。二人の眼差しは温かく、俺と同じ気持ちでいるのだと知れた。――焦らなくていい、幾らでも悩んでいい、我侭だって言っていい。君が元気でいてくれるのなら、それだけで構わない。
「こっちもかわいい、けど……そっちのも、きれい……」
「ナナチャンならどれも似合うクマ! クマ、保証する!」
「そうそう。折角だから、菜々子ちゃん。全部着てみなよ。着心地ってモンもあるだろうから、着てみて気に入ったのにすれば良いんじゃない?」
目移りする菜々子に、それまで見ていた陽介が助け舟を出した。俺としたことが出遅れたか。「なあ?」と同意を求められて、頷く。「えーっと……」と上目遣いにこちらの反応を窺っていた菜々子の手を取って、試着室へと向かった。しっかりと握り返す指が愛しい。

菜々子が正式に退院したのは、五日程前のことだ。
眼鏡なしでは大の大人でも気分を悪くする霧の世界に閉じ込められ、家族と引き離され、狂人と化した『宅配のおじさん』に囚われた従妹の衰弱は著しく、一時は心肺停止にまで至った。それからの回復振りも目覚しかったのだが、入院中の俺の精神状態は異常だったと思う。周囲にはいつもと変わらない、と評されたが本当のところ気が気でなかった。授業にも集中出来なかったし、シャドウを殲滅する際は力の匙加減を失っていた。寝付くこともままならず、一睡もせずに明かした夜もある。
だから、こうして何の懸念もなく彼女の笑顔を見ていられるのは幸福以外の何物でもない。
「ホント、元気になってくれて良かったな」
試着室のカーテンの外で、陽介が呟く。ウンウンとクマは首を縦に振り、俺も「ああ」と短く肯定する。すると奴は意地悪そうにニィッと口角を釣り上げた。嫌な予感がする。
「これで俺がいなくても眠れるってもんだよな? な・す・クン?」
そら見ろ。調子に乗って揶揄する相棒に、俺は極まりが悪く顔を顰めた。
前述の通り、俺は相当弱っていたので見兼ねた陽介は何度か、泊まりに来た。ジュネスの惣菜片手に訪れては、何も手に付かなかった俺を促して掃除や洗濯を片したり、俺が眠りに落ちるまで話し相手になったり何かと世話を焼いてくれた。俺より先に寝落ちすることもしょっちゅうだったが、隣で眠るその手を握り締めていると、あれ程固く張り詰めていた瞼がとろんと落ちるのが不思議だった。
魔法のような子ども体温。流石は魔術師と言わざるを得ない。
が、その魔法に頼り切りだった自分を思い知らされるのが癪で、俺は無視を決め込む。黙した俺に陽介は勝ち誇ったかのような顔で口を開き掛けたが、「クマもお泊りしたかった!」との横槍に遭って興味はそちらへ逸れた。ナイスだ、クマ。

「おにいちゃん、いる?」

そうこうしている内に着替えが完了したらしく、カーテン越しに弾んだ声を聞いた。
いるよと簡潔に答えると、にょきっと生えた小さな手が端っこを掴んで、ススススッと幕を引いてゆく。やがて遮るものが取り払われると、喚いていたクマと宥めていた陽介はおおっとどよめき、俺は瞠目して息を呑む。男三人の目を釘付けにした少女は、少し恥ずかしそうに頬を染めながら首を傾げた。
ひらひら足元で揺れるフリル。もじもじとスカートを抑える手はやや長めの袖を握っている。胸元でキュッとリボンを結び、余所行きの服に身を包んだ菜々子はまるで人形のようだった。「どうかな?」なんて愚問が過ぎる。
「すごく可愛いよ、菜々子」
「うん、うん。よぉーく似合ってるぜ」
「ナナチャン、おヒメサマみたいだクマー! クマ、ホレなおしちゃいそう」
諸手を挙げて褒めちぎる男共に菜々子は更に顔を赤くしたが、仕方ないだろう。本当に褒め言葉しか浮かばないのだ。ロリコン? シスコン? 何とでも言うがいい。慎ましく愛らしい我らがお姫様は、この服で歩いてみたいと思ったのか一歩踏み出し、脱いだ靴へと足を乗せた。慣れないロングスカートの裾を持って、そっと靴へ足を通そうとする。
その仕草を呑気に眺めていた俺と、靴を履くのにまごついていた菜々子との間にふと茶色い頭が割って入った。恭しく身を屈め、頭を下げて彼女と目線を合わせた陽介は静かに利き手を差し出し、得意のウインクをする。

「お手をどうぞ、お姫様」

にこやかに介助を申し出る親友を見るのは、これが初めてじゃない。アルバイトながら、ジュネスの模範店員である陽介は非常に視野が広く、目敏く、困っている客を見付けるや否やすぐに駆け寄って行く。『お困りですか?』と買いたいものの場所が分からず立ち尽くした主婦を案内するのも、『お手をどうぞ』とお年寄りの手を引いて導くのも見た。
即ち、これはその延長だ。『お客様』が『お姫様』に摩り替わっただけだ。しかしながら、見目は麗しい陽介が俺の妹――基、従妹――の手を取って、しかも菜々子に見惚れられているという状況は面白くなかった。一挙一動、様になっているのがまた腹が立つ。

「ありがとう……陽介お兄ちゃん」
忘れていた。コイツはガッカリ王子だが、王子は王子なのだった。

「どう致しまして。じゃあ、一度ぐるっと回って後ろ姿も見てみよっか」
「……陽介」
「ん? 何?」
「お前に菜々子はやらん」
はぁ!? と素っ頓狂な声を上げた陽介の手を奪い取り、自分の手ごとポケットに捻じ込む。久し振りに触れた手の平は矢張り温かく、ここのところの乾燥からか多少荒れて、ごわついていた。故に肌触りは今一つだがカイロ代わりと割り切ることにする。ジタバタ暴れて抗う指も、手首を押さえ付けてやればどうと言うことはない。離してなぞやるものか。
不埒な野郎の手から愛すべき妹を守り、ほかほかと程好い温度のカイロも得られて一件落着、めでたしめでたしとなったところで見る菜々子の晴れ姿はまた格別だった。スカートを翻して「うしろ、ヘンじゃない?」と背中を見せたので笑ってその不安を掻き消す。
「じゃあ、これにする!」
「他の服は着ないのか? お金の方は心配しなくて良いから、全部着てみて気に入った分だけ買おう。菜々子が貰ったお見舞い金なんだから」
「あのー…那須……?」
作品名:LittleLittlePrincess 作家名:桝宮サナコ