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ねぎにゃん
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novelistID. 26676
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海江田さんち

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山中は───“大丈夫”だと、一つでも自分を納得させたいのか?
また頬に山中のさらりとした指が触れる。
妻ではなく母ではなく、父にこんな風な触れ方をされた記憶は無く、
同性ならば過去に受けた暴力の記憶だけだ。
山中の触れ方は、そこにどんな意図があるかなど、どうでもいいと
思えるくらい、自然で優しかった。



山中は海江田を、もっときちんと起こすべきだっただろうが、重みや
体温が心地良く、日本酒の瓶が空くまで、と過ごしているうちに、海江田は
すっかり熟睡してしまった。腕が、だらりと廊下にのびている。
もちろん、起こそうとすれば、そう出来る。だが。
もう一度、海江田の頬に触れ、乱れた髪を指にすくった。髪ならば触れて
いても彼に気付かれない。
山中は、以前、一度だけ──まだ海江田の下について間もない頃、
夫人から自宅に個人的な電話を受けたことがあった。
「時々、眠っている時に妙なことを口走るんです。主人とは寝室を別に
しているんですけど、・・・でも、時々」
それは寝室を別にしていたとしても“常にいつも夜、別々に寝る訳ではない”
と言うことだろう。電話を受けた時、図らずも気持ちが揺れた。
今日、こうして訪れても夫婦仲は円満そうで(他人の前で不仲を晒す訳は
ないだろうが)海江田は幸せそうだった。
夫人の言葉は続いた。「うなされる時もあるんです。私も寝惚けていて、
肝心なところはいつも聞き逃してしまうんですけど・・・」
そして仕事中の夫の様子を尋ねられた。海江田の、うなされる様子や彼の
寝言を耳にした事はないか、と。ありません、わかりませんと山中は当時、
返事した。何か兆候があればお知らせしますと会話を結んだ。
最後に、何か心当たりはありますか、と山中の方から夫人に尋ねると、
結婚前に一度だけ、海江田の手首に不審な痣を見たと告白された。
海江田の、今はだらりと投げ出された長い腕を見た。彼は今日は薄手の
ニットを着ていた。袖口から見える白い手首には、無論、何の痕跡もない。
山中は夫人に嘘をついた。海江田が仮眠の際にうなされている場面を、
山中も目にしたことがあった。
手首の痣と、関係があるのだろうか。
だが、どちらにしろ取り返しのつかない過去の出来事だ。
現在の彼は仕事においても家庭においても充実しているはずだ。
「何も試す必要なんか、ないんですよ」
小さく彼の耳元に囁いた。
少なくとも自分は。
絶対に海江田を裏切らない。彼が意外に思うことなど何一つしない。
瓶がとうとう空になった。さすがに少し、きいてきた。
パタ、と微かな音がした。スリッパの音だ。暗がりの中、音がした方に目を
向けると、海江田の夫人がパジャマにガウンを引っ掛けて、こちらに静かに
歩いてきた。「ごめんなさい」と彼女が小声で喋る。
「寝てしまったんですね、この人。うたた寝するなんて、本当に
珍しいんですけど」
あなた、と夫人が呼びかけ海江田の肩を揺すぶる。間近に迫った彼女から
洗いたての髪の香りがする。
山中の膝に上体を預けて眠る海江田は、それでも目覚めない。
海江田の妻は山中にまた謝罪して引き返すと、ほどなくタオルケットを二枚
手に持ち現れた。
「山中さん、ごめんなさい、本当に。主人が邪魔なら、叩き起こして下さって
構いませんから」
一枚を海江田の身体に掛け、もう一枚を山中に羽織らせた。
「以前に山中さんに電話をしたこと、覚えていらっしゃいますか?」
「はい」
「何が原因かはやはり分かりませんし、きっと主人にとっても何か・・・憶測
ですけど、嫌な出来事だったのかもしれません」
でも、と夫人が海江田の頬につ、と触れた。自分と違い、繊細な指で。
「気がつかないだけかもしれませんけど、山中さんに電話を
してから──ここ最近では主人のうなされるのを聞かなくなりました」
感謝されるような目を夫人から向けられたが、それは時が解決してくれた、
というのが一番、ウェイトを占めているのではないかと思った。
山中がさっき、夫人のこうして来る前に、今、彼女が夫にそうしたように
山中も同じく触れたのを知ったら、それでもこんな風に感謝するような目で
自分のことを見るだろうか。
「・・・タオルケットをありがとうございます。もう休みます」
海江田の温かみが、今、山中の膝にあった。
「あら、ごめんなさい。こうしてる間にも、この人が起きたら、って・・・」
本当に、いつでも叩き起こして下さいね、と茶目っ気たっぷりに海江田の
夫人は山中に言い置いて、パタパタと廊下の奥にスリッパの音が消えて
いった。
海江田を起こさぬように注意しながら身体をずらし、山中は背後の柱に
背中を寄りかからせた。
空の日本酒の瓶は、盆ごと夫人に引き取られていった。
「ん・・・」と海江田が身じろいだが目覚めはしなかった。
酔いが回っていたが膝が重く月が冴えていて、まだまだ鼾が続いていた。
眠らずにいるのも、たまには良いかもしれない。
海江田の髪に触れた。彼は熟睡していた。
夫人の、洗い髪の残り香が、まだ残っているようで一瞬、山中は
居た堪れない気持ちになった。
作品名:海江田さんち 作家名:ねぎにゃん