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ねぎにゃん
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novelistID. 26676
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海江田さんち

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つがれた冷酒に山中の手が伸びる。
「お疲れでしょう、こんなに大勢で押しかけられて。私なら、奥様の
この」とお猪口を軽く上げる。「ご好意を少し頂いたら、休みますから」
ぐいっと、お猪口を呷るのに反らした喉が様になっていた。

山中の、乱れた姿を見たことは、これまで海江田は一度も無い。
かく言う海江田も、きっと“やまなみ”の人間に酔態を晒したことはない。
誰か身近な人間で──というのなら、学生時代に深町を含め、
今はもう海自を辞めてしまった友人も交えての酒盛りで、酔って
吐いたか、次の日に二日酔いで起き上がれなかったか。
しかし、そう酷いものはない。一度、飲み比べをして酒量で深町に
負けたことがある。だがその後の介抱が大変だった。
しまいに深町は海江田の膝にしがみついて眠ってしまった。
それをそのまま、しがみつかれたままにしていた海江田も、きっと
相当、酔っていた。
あの頃は若かった。今もまだ若造の範疇かもしれないが。
海江田も自分のお猪口の冷酒を片付けることにした。
すぐに、ぬるまってしまった。
あの頃は、まだ無鉄砲に酒を飲み、騒いで誰とでも雑魚寝をした。
深町に膝を抱えられて放されなくとも、何とも感じなかった。

山中は、なぜここにいるんだろう。

ふと、海江田は思った。

若い隊員を放っておけなく、それは海江田の家に迷惑がかかるから。
まるで引率の教師のように、今もこんな夜更けても折り目正しくしている。
潜水艦指揮の場面では忠実に自分の命令に従う山中は、だが
プライベートまで海江田に捧げることはないはずだ。
海江田は“あの事件”があってから、意識過剰になってしまっている
自分に嫌気がさしていた。
大浴場などで肌を晒すのも、今日のように雑魚寝する事も。
誰かの目に“レイプされた事がある身体”だと映ってしまうかもしれない。
男性性を否定される瞬間が恐ろしかった。
海江田は度数の高い酒を、山中についでやりながら自分のお猪口にも
足して飲んだ。するすると、いけた。山中に釣られたのかもしれない。
山中は端然としていた。背後では“やまなみ”の隊員たちの(ごく一部だが)
健康的な歯軋りやら鼾やらが聞こえている。艦長室で休憩する海江田には
懐かしい響きだった。山中が休む、士官室はどうだろうか。
海江田は少し酔っていた。もう勢いで酒を飲む年齢ではなかったが、
今日は、妻が就寝前に運んできた日本酒を、思わず過ごしてしまった。
山中と二人。意識過剰な自分。

誘うような、仕草があったのだろうか。

男が男相手でもイケるのだと身をもって知らされた。

山中は海江田よりも2、3、年上だった。海江田は結婚自体も早く、子供も
割合とすぐに授かった。それでも、結婚してから10年近い。
潜水艦勤務の者の独身者率は高いが、山中は、どうなのだろうか。
彼を副長に迎え、もう何年も経つ。海江田の自宅で、というのは初めて
でも、飲む機会なら何度もあった。
乱れまいと無意識にでも“努めて”いる海江田は、度が過ぎた飲酒で、
珍しく“無自覚”に酔った。
山中は、いつも“こう”なのかと疑問を持った。
忠実で優秀で真面目で、よく海江田に従う男。
浮いた噂も耳にしたことはなく、今だってこうして、飲酒のせいで何だか
ふわふわとしてきた海江田とは違い、まるで水のように度の強い酒を
飲む。
妻が───“山中さんに”と運んできた酒。
妻は、結婚前の夫の手首の痕のことを、まだ記憶しているだろうか。
疑問に思ったろうか。
今なら彼女は見つけたとしたら、問い詰めるだろうか、夫を。

「君は、まだ眠たくならないのか」
ふわふわと質問してしまった。頭のどこか冷静な部分で、何を言って
いるんだ、と海江田は思う。案の定、山中が少し慌てた素振りをする。
海江田にはそれが、彼がいかに冷静であるかの証明のように見えた。
「申し訳ありません、私ももう休みますから、どうか艦長も──」
「いや、すまない。そんな意味で言ったんじゃないんだ。ちょっと酔った
みたいだ。それに君には、さっきちゃんと先に寝るのをすすめられた。
私が勝手に起きていたんだ。・・・にしても、君は酒が強いな」
「日本酒は、好きですね」
にこ、と山中が微笑んだ。
眺めの良い庭ですね、と満更、世辞でもなく続けた。
きれいな月夜だった。
背後では、しかしそれを台無しにするような鼾や歯軋り。
縁側と、窓を隔てて濡れ縁もある。
夏の暑い日にはここで息子と西瓜を食べる。夜には花火をする。
山中は、もうそんな年齢ではないせいかもしれないが、乱れず騒がず
海江田が家庭での自分を今日、はからずも見せてしまって、こうして
日本酒に多少、酔った姿を晒しても山中は課業中と変らない。
山中にも、海江田の身体を無理に押さえつけて散々なことをした
あの男たちのような、もちろん海江田は合意でしか女性と関係を
持ったことはないが、山中にも、こんなきちんとした男の中にも、
ドロドロとおぞましい情念が一ミリでも存在しているのだろうか。

存在、していない。

もちろん“やまなみ”の乗員たちをそんな目で見ている訳では
海江田は、けしてない。
海江田は酔っていた。
10年経っても、思い出して堪らなくなる時がある。
背後で鼾をかいて眠る隊員たちに混ざって朝まで寝ても何もある訳が
ない。
あくまで特殊な出来事だ。
いつまでも気にする自分を嫌悪していた。

「山中・・・」
酔った風情で、くらりと彼の膝に手をついてみた。
「大丈夫ですか、艦長」と肩を軽く揺さぶられた。
そのまま山中の膝に、昔、深町にしてやったみたいに縋りついた。
目は閉じる。何を山中を試すような事をしているんだと冷静な自分の
声が頭の中に響く。山中が、一体、何をすると言う?こんな中年男に
一体、何もするわけがない。あの頃とは違う。彼はそんな男じゃない。
もう自分は“だいぶ”忘れたはずだ。ここは結婚して、妻も子もあり、
母も住んでいる平和な自分の家だ。

どれくらい、そうしていたろうか。
目を閉じて目まぐるしく色々な思考が飛び交い、意識が途切れる瞬間が
あった。
頬を、さらりと撫でられて覚醒した。身体が強張るのを何とか堪えた。
山中の膝がじわりと温かい。酒を呷る気配がする。
彼は、海江田の身体が楽になるように、僅かに膝の位置を変えた。
その際、また「艦長」と小さく起こされる。
海江田が無反応でいると、別段、気を悪くした風もなく、手酌で酒をつぐ。
肩に労わるように触れる。
海江田は混乱した。
きっと、もっと直裁に起こされるものだと思っていた。
名を呼ばれ、身体を軽く揺すぶられはしたが、真剣に起こしているとは
思えない。それどころか、海江田の身体が楽なように配慮さえしている。
馬鹿なことを山中に仕掛けてしまったと思った。
頬や、肩に触れた理由が分からない。
だが不快な触れ方ではなかった。
自分は一体、山中に何を求めているのだろう。
過去にあった事実は変らない。
それを気に病む自分も変えられない。

山中を試す理由。

こんな大勢がそばにいて、ここは海江田の自宅で他に家族もいる。
こんな試す価値もないところで山中に馬鹿のような振る舞いをして
作品名:海江田さんち 作家名:ねぎにゃん