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レイニーデイ/ライクアデビル

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振り返ると、本から目を離さないまま、袖を掴んだアメリカが口を利いた。
「どこ行くんだい?」
「フロントへ行ってくるから鍵を貸してくれよ」、以来だから、実に一時間ぶりだ。フロントへ頼んでやろうかというと、心底呆れた顔をして、「なんで君の部屋に俺んとこのタブロイドを頼むのさ」と言って鍵をぶんどって行った。一字一句、アメリカの表情まで鮮明に覚えている自分が流石に気持ち悪い。
「ラウンジ」
ああ、さっさとアルコールで胃を焼きたい。その一心で、受け答えが乱雑になる。
「何か用事?」
「別に? 暇だから酒でも飲んでくる」
やっとでアメリカが顔を上げる。体を丸めるようにしてソファにうずくまっているから、必然的に見上げてくるような格好になって、まだわずかに丸みを残した頬のラインだとか、晴れの日の空を溶かし込んだようなブルーの瞳だとかが、彼の印象をずっと幼げにした。
澄み切った青い目は子供のようにきょとんとしていて、アメリカはそっと首を傾げる。それが昔、彼が本当に小さな頃に見せた不安を抱いているときの仕草と似ていて、思わずイギリスは笑みを浮かべた。小さな小さな弟。泣き出すとどうしていいかわからなくて、おろおろと抱いたまま背を撫で続けたのも今は遠い昔だ。笑ってやると泣き止んだから、泣き始めると笑いかけるようになった。反射みたいなものだ。
見上げてくるアメリカの顔をこれ以上見ていたら、懐古主義と揶揄される昔の記憶にトリップしてしまいそうで、誤魔化すように癖毛の飛び出た頭を撫でる。
「ゆっくりしてろ」
言わなくても、勝って知ったるとばかりに人の部屋は使ってくれるアメリカだから、社交辞令みたいなものだ。
乱暴にならないように袖を取り返して、改めて背を向けようとしたら今度は手首を掴まれた。
「ちょっと」
「おいなんだ」
俺はラウンジへ行きたいんだよ、とばかりに振り返ると、眉間に皺を寄せたアメリカと目が合った。
「どこ行くんだい?」
「だからラウンジ」
「なんで」
「お前本当に人の話聞いてねえな」
あまりに同じ質問を同じように繰り返されて、怒るのも呆れるのも通り越してびっくりした。思わず声が大きくなる。
「出てっちゃうのかい?」
「外行くわけじゃねえぞ。ちょっと下で飲んでくるだけだ」
「どうして? ここにいればいいだろう」
「暇なんだよ」
肩をすくめて答えると、アメリカは不満気に唇を尖らせた。
「飲みたいなら、なにも下に行かなくたっていいじゃないか」
それは、あれか。ルームサービスを頼んで、本を読みふけるお前の横で、一人で飲めという話か。
日本ではないが、それなんて放置プレイ、である。
確かめると肯定が返ってきそうな気がして、これ以上鬱になるのを避けるためにもイギリスは言及しなかった。
「それに、ラウンジなんて、きっとフランスやスペインもいるんだぞ。折角休みなのに」
アメリカは僅かに目線を俯かせるとぼそぼそと呟く。
確かにアメリカの言うとおり、こんな日にラウンジへ行けば同じように暇を持て余した連中と顔をあわせる羽目になるだろう。見たくない顔ほど集まっている気がひしひしとする。
けれど、こんな状況で鬱屈としているよりは、奴らと皮肉の言い合いでもしているほうが気が紛れるというものだ。
「一人になりたいんだよ。離せ」
振り払うように手首を取り戻す。アメリカはぱっと真っ青な目をイギリスに向けて、すぐ逸らした。
あ、失敗したな、と反射的に思う。今のでは、アメリカと一緒にいたくないと取られてしまったかもしれない。二人でいるのに一人みたいな今の状況が気に入らなかっただけで、お前と一緒にいたくないわけじゃない。それどころか穏やかに過ごせるならそれに越したことはないのだ。
弁解しようと口を開いた所で、振り払われた手を反対側の手でしょぼしょぼと撫でながら、いくらか目を泳がせた後アメリカが呟いた。
「俺がいるのに……」
俯いて口先だけで呟いたその声は本当に小さかった。涙をいっぱいに溜めて、コートの裾を小さな手で必死に掴んで、いかないでと訴えたときとまるで変わらない。
イギリスは思わず天を仰いだ。
悪魔だ。絶対こいつは悪魔なんだ。
何故って、きっとわかってやっているからだ。アメリカは昔から変に強かで、天使みたいな顔をして、輝くような笑顔で「くたばれ」と言ったあとに、さっきみたいな声で「いかないで」なんて可愛いことを言う子だったんだから。
そういうふうに振舞えば、イギリスが無条件降伏するとわかっているのだ。
「泣くなよ……」
おそらくアメリカの思惑通り、どうすることもできなくなったイギリスは天を仰いだまま、今にもぐずりそうな金髪を腹の辺りへ抱き寄せる。
「泣いてないよ」
答えた声は、泣いてない、という割に湿っていて、その子供っぽさに戒めたはずのやわい笑みがこぼれてしまう。
「悪かった」
猫みたいに柔らかな金髪を優しく撫でて謝罪する。
「……一緒にいてくれるかい?」
大人しく撫でられていた頭がごそごそと動いて、イギリスを振り仰ぐのと、腹の辺りのくすぐったさにずっと天井を眺めていたイギリスが下を向くのは同時だった。
見えたのは、完全に三百年くらい前のアングルだ。丸みの残る頬。鮮やかな金髪。蒼穹のような目はやっぱり少し潤んでいて、おかげさまでイギリスはちょっと死にそうになった。天使の再来もかくやだ。
いい加減これも自分の病気の一つであるが、根治法がいまだ確立していないという厄介な病気だ。再発防止には接触を避けることが一番なのだが、今のは不意打ちだった。
かわいい弟が紆余曲折を経てかわいいステディになったのだから、今更治さなくてもいいのかもしれないが、あんなふうに仲たがいをした経緯があるだけに、弟のアメリカと今のアメリカは分けて考えたいと思っているイギリスである。
一瞬で200くらいに跳ね上がった脈拍と脳内のお花畑を、アメリカから目をそらすことでなんとか蹴散らした。
健気に見上げてくる頭を掴むように乱雑にかき回して、子供の頃みたいな顔を追い払う。
「わっ! 何するんだい」
アメリカは「もー」とか言いながらぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整えて、きゅっと睨みつけるようにイギリスを見上げた。
「一緒にいたいんなら、さっさと本読み終われよなばかぁ」
計算されつくした彼のひとみに対して、憎まれ口を叩く以外、イギリスにできる抵抗などないのだった。