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なつおみはる
なつおみはる
novelistID. 23650
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On Your Mark

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テスト休みの期間中に、クラブ活動停止なんてありえない。オレの中では。ところが今日は雨。秋の長雨だ。体育館のトレーニングルームは使えるはずも無く、市内のスイミングクラブで一汗流す。自転車マシンに座ってがーってこいでいたら、なんだか隣の人物が笑っている?…で気づいた。
「杉本マネージャー…居るんなら早く言え」
「だって、すんごく速くこいでるもんで声賭け損ねちゃいました」
マイペースに車輪をこぐ杉本。えへっと笑っている。短パンにTシャツ、願掛けに切ったという髪は肩にかかるくらいまで伸びて揺れている。
「今日はここでトレですか?」
「何に見えるんだ」
ぺースを落とすオレ。おしゃべり始まる。こういう唐突さ、馴れ馴れしい感じ。女は少し苦手だ。他の人から見るとどうかはわからないが、杉本には軽率なイメージがある。というか、色んな人をその気にさせては振るというよからぬウワサがある。確かにちっこいし二重で目がぱっちりだし、声だって元気がよく印象的だ。モテル、らしい。
「キャプテンはあ、彼女さんと来てるんですか?」
ぶっ。なんでいきなりそうなる。つーかそんな暇ナイ。でも一応キャプテンだから笑って、
「…じゃますんなよ」
「ジャマしてません」
「じゃあ集中しろ」
「…」
あれ、黙っちまった。…しばらくして、
「答えになってません」
「へ?」
「カノジョ」
…うっとおしい。こぐ力がこめられ速くなる。サッカーばっかしてんだぜ。ユース行っていて単位取るのが精いっぱいなんだぜ。ため息が出た。うっとおしさは隠せず、
「カノジョ居るっていったらどうなんだ」
横目で、杉本を盗み見るような感じでちらり。口に指をあて考えている風に上を見上げている杉本。
「新田先輩に限ってそれはないと思ってますが」
なにーっお前は…。
「けんか売ってるか?」
「確認ですよ」
杉本、にっこり笑っている。確認て…意味がわからん。オレはあきれて疲れてしまった。ペースが落ちる。
「杉本はいるんかよ?」
…再び上を向く杉本。心なしかペダルがきしむ。
しばらく経っても返答がない。諦め「もういい」といいかけた頃、
「ここ最近まで、好きな人が、いました」
「…いました?」
過去形。なんだ?
「付き合ってた人、でなくてか?」
「はい」
意外。
「どっか進学しちゃったのか?」
何気なく聞いて後悔した。
「…もう結婚してしまうんで」
「…」

絶句。結婚て。…ああ、あの人だとわかってしまった。オレはFW的直感が働いた。

こいつはあの人の後輩で元南葛中サッカー部のマネージャーだった。中学時代、余裕綽々の雰囲気で杉本と歩いている姿を、皆で冷やかしたのを思い出した。返す言葉がない。
「そっか」
ごめんと小さな声でつぶやくオレ。痛いとこ突いたかもしんない。話を続ける杉本。
「3年前、私、気持ちも伝えてふられてちゃんとけじめつけてました。好きは好きのままでよかったんだけど、人のものになったって感じで今は遠いです」
「…」
「取り残されていてぽっかりって感じ。何か違うんですよね、お二人さん」
なんだか、達観している言い方。でも声色に「もう過去の人」とは言いがたさを微妙に感じる。確かにあの人と中沢せ…じゃない、奥さん、雰囲気が同じで分かり合っているように見える。(まさに穏やかな感じ)。井沢先輩や大川先輩が「あねごにしか出来ないテーピング」の逸話をしてたっけか。
「そうか」
その雰囲気わかるような気がする、とは云わなかった。云えない。今の話からすると、あの人がブラジルに行っても、その後3年間は好きだったことになる。ウワサを考慮すれば、全く持ってうそ臭く感じるものの、隙の無いGKミューラーのような壁のある雰囲気。ウソでなければ、すげえ一途だ。きっと。杉本はそれ以上言葉をつなげなかった。そしてオレもこの日、それ以上話すことが出来なかった。

1学期はユースで慌ただしかったものの、何とか単位もとれて行く先も落ち着き、土日を使って柏の練習に入らせてもらってる。ユース後のオファーは、若気の至りで大見栄きってたから無いって思ってた。でも19歳以下のトップになって、日本サッカーのうるさがた面々も顔つきが変わったJ(ジェイ)L(リーグ)も大学も誘ってくれたが一番力を買ってくれそうなのは柏だった。ほんとは高校卒業もどうでもよかったんだが、母親がうるさかったのでちゃんとまもうすることにした。というか、サッカーで飯食えるのかって?親父もお袋も同じこと言ってたよ。ま、目の前のボールを追ってたら抜け出せなくなったということなのかな。
「新田」
「お」
陸上部元主将、芹沢。同級生。色黒で、なんていう俳優だったけ?そう、テレビに出そうなモテ男だ。陸上部男子は髪をみなそり上げる決まりになっているが、引退したのでだいぶ伸びてきてる。ユース合宿を追い出されたって言ったら、ひとしきり笑って「じゃ留年なしで、卒業は一緒だな」と言ってきた。さっぱりした気質の持ち主だ。
「今年の体育祭、よろしくな!」
「?」
わかんないという顔をオレ、してたんだろうな~今度は言葉に理由が付いてきた。
「呆けてんじゃねえよ。新田は10秒台だろ!…代表になってくれると助かる」
芹沢が指を立て、ウインクする。体育祭とは南葛体育祭のことだ。クラスがそれぞれ代表を出して、タイムを競う。走ることが嫌いなわけじゃあないんだけど。
「オレ、サッカー部なんだけど。それに、陸上部のメンツが立たないだろ」
「いいんだよ」
…いいんだよ、じゃなくてさあ。ちょっといらだつ。
「頼られるのは悪いハナシじゃないけど、興味ないよ」
「そこを何とか、な。左足も自分のものにしたんだろ、楽しみにしてるぜ」
軽く食い下がってくる芹沢。
「…」
そうこうしているうちにチャイムが鳴る。芹沢は「また来るよ」言い残してその場を去った。テスト中盤、英語は思いのほか出来てる。
「On your mark、set…」
見直しながらさっきのことばかり考えてしまう。一体なんだって言うんだ。ユースのエピソードとこれからの事が頭をよぎる。
「陸上に興味はねえよ」
ぽそっと呟いた。


「新田せんぱあい!」
出た、杉本マネ。
「…おっつ」
前のこともあって、どう切り出したらいいかわからないが、とりあえず挨拶。秋に入りかけた夕暮れは、空のオレンジも濃い。
「明日でテスト終了ですね」
「そうだな」
「今日のテスト、どうでしたか」
「まあ、フツー」
ありきたりのやり取りをする。
「今日、芹沢先輩が新田先輩にクラス対抗を頼んだって言ってました」
「…」
「で、断られたって。私の方からも頼んでくれないかって…」
「…うん」
「新田先輩って体育祭で走ったことないですよね」
「…そうだな」
「3年間、断り続けるのですか?」
「…」
批判の声でもないが、1回くらい出てみたら、のニュアンス。やな気分じゃないのは確かだ。

「…小中高といろいろ言われたさ。ジュニアの時なんか、アシ早いのに、点は全然取れないからってさ、いつでも陸上部はお前を待ってる…なんて言われたんだぜ」
「…」
「サッカーやってんのにそりゃないぜって感じ」
作品名:On Your Mark 作家名:なつおみはる