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春夏秋冬

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田島が残していったものは、ロッカーの鍵だった。
言葉通り彼は翌日から姿を消し、町から旅立った。
まるで鳥のようだった。
彼が旅立った日はとてもよく晴れた日で、夕暮れはいつもよりうつくしく見えた。
おれは教室にいた。
田島が手の平に残していった鍵を握り締め、教室の奥にある田島のロッカー(名前が書いてあった紙はすでになくなっていたが)の前に立っていた。カラスの鳴く声がする。遠くの方からそれが響いたとき、ようやくおれはポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。がちゃり、と音がして扉が開く。
中を覗くとそこには、小さなキャンバスがふたつあった。
おれはゆっくりと深呼吸し、慎重に取り出す。
二枚の絵だった。
一枚は、展覧会で見た嵐の中に立つ花の絵だった。横殴りの雨、薄暗く厚い雲が辺りを覆い、風がびゅうびゅうと吹きすさぶ。その中に白い花が立っていた。風で折れることなく、雨に打たれても尚、背を張り、立っている。
田島はおれをそれに例えたけれど、その姿はとても、田島悠一郎に似ていた。
さびしい、なあ。
鳥が鳴く。
おれは床に膝をつき「たじま」と呟いた。
もう一枚の絵は、黄金の海原。その上を色とりどりの花が流れていた。海原を埋めるように、けれど流れを阻むことなく花々。
田島が、左手で描いた最初で最後の絵だ。
ああ、とおれはおもった。
秋の風が、心地よく頬を撫でてゆく。
なんて、さびしい季節だ。
おだやかで、けれど掻き立てるような何かがある。秋の中に、それがある。
「田島、」
こんなさびしい教室で、何を見ていたのだろうか。筆に色をつけ、なんてものを描いていたのだろうか。頭の中で、目の奥で。嵐だと、言っていた。
右手で描いたものは、荒々しくも整った空間。
ひとりぼっちの世界だ。
しかし左で描いたものは、叫んでいた。さびしい、さびしいと、叫んでいるものだった。
黄金の海原。
それでもなんて、さびしい。秋のようだった。さびしさのかたまりだ。それは稲穂のように輝く。
「田島、たじま、」
嵐の向こう、黄金の、海原。
あのカラス色の目で、ずっとこんなにもさびしい世界を捉えてきたのだろうか。
震える手でそのキャンバスを裏返すと「また秋、花井のところへゆくよ」と汚い字で書いてあった。
おれはそれを見た途端、訳も分からず、ただ泣いた。
こどものようにわんわんと声を張り上げて泣いていた。
嵐の向こう、黄金の海原。
秋の終わりを告げていた。

作品名:春夏秋冬 作家名:夏子