春夏秋冬
そっと瞼を閉じれば、彼の右腕が微かに揺れた。
そしてゆっくりとまた目を開け、田島はこちらをじっと見る。
「おれはもう、それを吐き出す手段をなくしちまった」
「左手、は」
「いつも、おれのことをみていただろう、はない」
問いに答えもせず、田島はわらった。かつて見たものとは違う、おだやかな笑い顔だった。感情が高ぶる。胸につまった。
そうだずっと見ていたからこそおれは、わかっている。
「左でも描ける、でも、かけやしねえんだ」
そうだ、わかっている。
田島は描けるはずの左手を使うことなく、白いキャンバスを見ていた。吐き出す手段も考えつかず、嵐が過ぎ去るときをただじっと待っていたのだ。
目の前の田島がわらう。
すべてが、黄金色に染まっている。
「おれは、おまえの目が、はない、すきだったよ」
田島がわらう。しずかに、おだやかに。なみだが、にじんだ。おれはずっと、田島の目が欲しかった。
「強い目だった、うばってゆくような目だ」
「田島、」
「嵐を、思い浮かべたよ」
「たじま、」
「もっとこうして、見てりゃあよかった」
「たじま、」
「でも、行くよ」
あしたから学校にも来ない、と言ってわらう。
黄金色の中、静かにわらった。
おれは正直に、行ってほしくはないと思ったが、田島を止める手段など持ってはいないと知っている。
誰が田島悠一郎を、止められるものか。
「嵐の中の、花だ」
ポケットを探り、田島はおれの手の平に何かを乗せた。そして額を寄せ合い、田島は静かに言った。遠くで、鳥の声がする。
手が、震えた。
色があふれた。
黄金の、海原。
「いつ、話しかけてくれんのかと、おもっていたよ、ねがっていたよ。花井は、花だ。あらしのなか、ただ立っている。折れもせず、飛ばされることもなく、ただただ立っている。それはきっと、すごいことだ。すばらしい、ことだ。おまえの目が、とてもすきだったよ」
黄金の海原、対岸の向こう側。
行けるものならゆきたかった。
田島が走ってゆくだろう道を、泳いでゆくだろう海を。
おれはずっと、夢見ていた。
目の前の、こどもがわらう。
「おれは今の季節がきらいだ」
「うん、」
「それでも、今度からは、秋になれば花井を、はないあずさを思い出す。きっとだ、それはきっとだ」
うん、とただこどものように頷く。田島は、二年前と同じように大きく、おおきくわらっていた。顔をくしゃくしゃにして、黄金色に染まりながらわらっていた。目の前で、吠えるようにして叫ぶ声。
田島がわらう。それだけで世界は満たされ、辺りは黄金色に染まってゆく。
「はない、あずさ!」
「うん、」
「わすれ、ないでくれ」