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君は知らない。

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信用してはいけない。
笑みに騙されてはいけない。

その、存在すべてが僕を狂わすと、そう、知っているのに。



「っ、離してください。」
掴まれた腕は強く握られたわけではなく、痛みもない。
それなのに、押しても引いてもピクリともしない歴然とした力の差は、まるで僕たち自身を表してるみたいだ。

「離したら逃げるでしょ?」
臨也さんは苦笑して『仕方がないなぁ』と首を軽く横に振る。
「別に、逃げたりなんか・・・。」
「じゃぁ、どうして俺の顔を見た瞬間逆向きに走り出したの?」
「それは・・・。」

言われて初めて気が付く。
そうか、僕はこの人から逃げたかったんだ。

頭がそう考える前に、体が動いてた。

「帝人くんてさぁ、俺が傷つかないとでも思ってる?」
少し苛立ちを含んだその言葉に思わず肩が震えた。
「・・・愛しい子に顔見て逃げられちゃ、さすがに傷つくなぁ。」
僕を怯えさせないように声色を変えて、臨也さんは続けた。
その、僕を怖がらせないように、慈しむように、そんな態度が余計に苦しい。

「す、すいません。」

ポツリ、と、それだけ言って黙りこくった僕を、臨也さんはため息ひとつで許した。



まるで、本当に愛されてるみたいだ。
それが嫌だ。
僕のわがままや、甘えを、臨也さんは微笑んで許してくれる。

けど、『折原臨也』が、そんな甘い人間じゃないことを、僕は知ってる。

いつ裏切られるのか、と、ずっと怯えている。
こんなことなら、最初から受け入れたりしなければ良かったのに。

『・・・帝人くんに惚れちゃったみたい、俺。』
柄にもなく頬を染めて、照れくさそうにそう言った告白を、どうしようもなく臨也さんに惚れてた僕には拒絶できなかった。
僕みたいな平凡な人間を好きになるわけない、からかうにしたって物足りないようなそんな人間なのに。

ずっとそうやって信じないように、騙されないようにと、警戒しながら、それでも傍に居たくて。

でも、もう、潮時だ。
心を許さない僕に、臨也さんが内心苛立ち始めてるのがわかる。
きっと、簡単に信じさせて、裏切って楽しむつもりだった相手が思いのほか手ごわかったから。



「臨也さん・・・。」
僕の腕を掴んだまま前を歩く臨也さんを呼ぶ。
こんな人混みで小さな声で呼んだって気が付くはずもない、のに

「何?」
臨也さんはくるりと振り返り微笑んだ。


ああ、本当にこの人は徹底してる。
臨也さんの性格を知らなければ、きっと自分は愛されていると思ってしまうだろう。
僕を騙すために、ここまで変わるのか。

「…今日、臨也さんちに泊まっても良いですか?」
俯いてそう言うと、臨也さんがピタリと立ち止まる。
つられて立ち止まって顔を上げると、臨也さんは奇妙な表情で僕を見ていた。
「・・・え?」
「ダメ、ですか?」

臨也さんは何度か口をパクパクとさせて、「ぁ、ぅ」と呻いた。

「っめなわけないじゃないか!」
「・・・ありがとうございます。」
ほっと胸を撫で下ろす。

今日、終わりにしよう。



「どうぞ。」
こういう関係になる前には何度か訪れた臨也さんの部屋は、相変わらずきれいだった。
「な、何か飲む?」
「いぇ、お構いなく。」
なんとなく緊張感が僕たち二人を包んで、座ることもできず部屋の中をうろうろとした。
「・・・。」
「・・・。」

まるで初々しいカップルみたいだ。
実際に体の関係はまだ無いのだから初々しいといえるのかもしれない。
滑稽だけど。

「あ、すわっ「臨也さん」」
声が被る。
「ぁ、え?な、何?」
臨也さんの声が裏返った。

僕は息をのんで決意して聞きたかったことを問う。

「昨日の夜って、なにされてましたか?」
「へ?昨日…は、仕事だけど。」

(仕事・・・。)
ああ、やっぱり本当のことなんて言うわけないのだ、この人が。

「そうですか…。」
僕の質問が意外だったのか、臨也さんはキョトンとして僕を見る。
そこには演技のカケラもない。
だから怖い。


もういいや、僕の気持ちが全部ばれても、それで裏切られても。
もう、いい。

そっと臨也さんに近づいて服の裾を掴む。
ぎゅっと握ると、自分の手の甲が白くなるのが見えた。
「帝人くん?」
僕の行動が不可解なのか、臨也さんは首を傾げた。

「っ、…キス、しませんか?」


作品名:君は知らない。 作家名:阿古屋珠