V.D.2.14.to 花 from 主
引き戸を開いたら甘い匂いが玄関まで漂っていた。
「えぇぇ…?何コレ」
堂島家に一歩足を踏み入れた状態で固まっていたら、家の中から足音。誰かと予想する間もなく、自分と同じ男子高校生が現れた。
制服に―――エプロンを着けた格好で。
「…何やってるんだ、陽介…!」
暦の上で今日は2月14日。
全国の男子に希望と絶望を与えるこの日も、非公認ながらも恋人がいる身にはうきうきするイベントに早変わり……
………する、はずだったのだが。
14日の相棒の一日を追ってみよう。
1.朝
「おっはよ相棒!」
「おはよう。あ、千枝、今日英語当たるとか言ってなかった?訳合ってるか見ようか?」
2.休み時間
「なぁ相棒、」
「リーダー、委員会の人が呼んでるよー」
「わかった、今行く」
3.昼休み
「相棒、昼飯…」
「ごめん、りせと直斗に飯おごる約束してるんだ。また今度な」
4.放課後
「…あれ、相棒は?」
「え?さっき帰ったよ?」
「………………マジで?」
……どんな放置プレイだよ!
バレンタインチョコを貰うとかいう次元ですらない。今日一日まともに恋人と話もできず、特攻しまくって空振りさせられまくった俺のSPはもうカラッカラ。
…しかし。しかしだ。せっかくの恋人がいるバレンタイン。ここで引き下がるなんてできるか!…と、帰り道に直行で堂島家に突撃して……冒頭に至る。
「ぉ、おお、相棒…」
「………今日、約束とかしてたっけ?」
たちこめる甘い香りとは真逆の苦々しい声。あっれー、相棒怒ってる?何も怒るようなことなかったと思うけど…むしろ今日散々な目に会ったのは俺の方っつーか。
「や、約束はしてねーけど」
「だよな」
頷く相棒にえ?と思う。もう結構前から、こうして先約なしに突然家に来ることもフツーにあるってのに、今さら?
そういう意味じゃ…と言葉を濁した相棒は、もごもごと珍しく――――相棒にしては本当に珍しく言い淀んでから、俺に向かってのたまった。
「今日は帰れ」
「は?」
「また、俺から連絡するから…だから、とりあえず帰ってろ」
何それ!?横柄な物言いに反射的に言い返そうとした………が。何だか相棒の様子がおかしい。『帰れ』という命令系にしては目線が泳いでるし、どっちかといえば申し訳なさそうな顔で……。
ナニ、何があったの。相棒の普段と違うところといえば、学ランの上着だけひとまず脱いだのエプロン姿で…。
「料理、してたの?」
「あ、ああ…」
「ふ〜ん……………お邪魔しまーす」
「なっ…!陽介!帰れって―――」
「まーまーいいから。何作ってるかくらい見せてよ」
相棒が止めようと腕を伸ばしてきたけど、やっぱり何か負い目でもあるのか力は込められてなくて。あっさり突破して台所に行くと、さっきの甘い匂いがもっと濃くなった。この匂いは……
「チョコ?」
「……一応、チョコレートケーキ」
ガトーショコラ、と相棒が続けた。よくわかんねぇけど、とりあえずチョコだよな?
「チョコケーキ作ってんの?………今日?」
今日。バレンタインデー当日の放課後に作り始めるって、そりゃ無くはないけど…ちょっと日がズレてるような。
「昨日、………………、」
「へ?何か言った?」
「ッ、…昨日!作ろうとしたら失敗したんだよ!」
三択間違えて!……意味がわからないキレ方をされたけど、朝からの相棒の態度とチョコ作りがようやく繋がった。
「……んで、今日学校に持ってこれなくて…今作り直してるってこと?」
俺にくれる、バレンタインチョコを?
……だから今日は一日、後ろめたくて俺を避けてた、とか?焦って帰ったのはこれを作るため?相棒は何も言わないけど、目元を赤くして押し黙ってたら、それは肯定と受け取ってもいいってことだよな?
そこまで考えたらもうたまんなくなって、相棒に抱き着いて赤い目元に唇を押し付けた。
「な……っ、陽介!ちょっ、と離れろ!」
慌てて引きはがした相棒が、改めて顔を俺の見てハァッとため息をつく。
うん、ため息つくだろうなってわかったけど。でも真相がわかったらニヤけちゃうのは当たり前で。一日相棒に避けられ続けて擦り減ってた分、余計に。
「………本当は今日の夜陽介ん家に持ってくか、明日にする予定だったんだけど」もう一度、諦めたように深々と息を吐いて。「来たものは仕方ないか……待ってられるか?」
「おう、今日はバッチリ放課後空けてマスから!」バレンタインだからバイトのシフトも、昨日までギッチリ入ってた代わりに今日は開けさせてもらったのだ。
「…じゃあ、待ってて。だいぶ時間かかると思うけど」
「どんくらい?」
「あと1時間くらい」
「長っ!!」
まさかの長丁場。ただでさえ甘い匂いをずっと嗅いでて腹が主張し始めてるってのに…!
「だから帰れって言った………ぁ」
一回玄関を指差した相棒は、何かに気づいて台所にUターンした。何だ?と覗き込むと相棒は小さいボールと、「これでいいか」と深皿を取り出して。
深皿に沸騰した湯を入れて、小さいボールには既にあった大きなボールの中身を流し込む。
テーブルに持ってきて深皿のプールに小さいボールの底を浸して、出来上がり。
「…溶かしたチョコ?」
ボールの中に入っていたのは湯煎されたチョコで……あぁ、この深皿のお湯も湯煎なわけね。こっちに移したチョコが固まらないように。
「これ食べて待ってて」
「って、溶かしたチョコそのまんま食えって!?」
「違う違う」ふはっ、と相棒が噴き出して、食器棚の下からクッキーの箱を出してきた。「これにチョコつけて」
「あー、チョコフォンデュみたいな」
「そんな感じ」
なるほどね、そりゃ旨そう……そこまで考えて、はたと気づく。
「けどさ、コレ俺食っちゃっていーの?ケーキに使うから溶かしてたんだろ?」
「あぁ、それなら平気。元々、普通のチョコも作ろうと思って多く溶かしてたから」
「へっ?ケーキだけじゃなくて?」
あ、と相棒が少しマズったって顔をした。言うつもりじゃなかったのかもしれない。
「ケーキの上に飾りで乗せようかと思って。…渡すの遅れた代わりに」
「飾りも手作りで!?…は〜、凝ってんなぁ」
「もう当日なのに、そんな所こだわるなって話だけどな」
「ん〜ん、超嬉しい。俺のためにだろ?」
「………………。」
ボコッ。相棒が無言でクッキーの箱をテーブルに叩きつけた。
そのままさっさと台所に引き返す。そんな態度も、照れ隠しだと知ってしまっていれば顔が緩むってモンで。ニヤニヤを自覚しながら角がヘコんだクッキーの箱を開けた。
ボールに用意されたチョコレートにチョンと浸けて、一口かじってみる。
「うっめぇぇ〜」
ピク、と相棒が聞きつけて振り向く。
「美味い?」
「おう、チョコがいいよなチョコが!」
「…チョコレートは買ってきただけだって……あ、でもガトーショコラ作るからバターは入れたな」
「へー、バター?」
旨い旨い、と言いながらあっという間に1枚目を食べきった。2枚目を取り出して半分チョコに浸け、そのまま立ち上がって台所へ向かう。
「相棒、味見」
「今手が離せな…」
「いいからいいから、アーン」
「アーンって……」
作品名:V.D.2.14.to 花 from 主 作家名:えるい