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桜山

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冬の終わり、桜の咲く頃合の少しばかり前のこと。いつもと変わらず、鬼兵隊のほとんどの隊士が船に身を潜めていた。無論、情報収集のために外に居を構えている者もいたが、それでもごく僅か。幕府の狗にいつ踏み込まれるとも限らない緊張状態を維持し、それが当たり前のように過ごしていた。

雪もほぼ見なくなったこの日、万斉は数日ぶりに船に訪れていた。表稼業のプロデューサーという肩書きのため、他の者のようにここで過ごすことはできない。顔が知られていないので動きやすいといえば動きやすいが、如何せんどこで人の目に留まるかわからない。本人も気づいているのかわからないが、普段からして目立つ格好をしているのだ。あれで誰の記憶にも留まってなかったらそれこそ奇跡だと、いつしか高杉に言われたことがあった。

そんな万斉が訪れたのは、表に出ていた間に集めた世の情勢、他の攘夷浪士の動きなどを報告するためだ。目指す場所はわかっているので、急ぐこともなくただ何となしに船の中を歩む。時折すれ違う者達に頭を下げられながら、気にした様子もなく、ただ淡々と。小さな窓にチラリと視線を遣るも、そこには波しか見えなかった。暗い色眼鏡を掛けているから余計に色などわからなくて、どこか白く見えた。
「…晋助、入るでござるよ」
一言紡いでから目的の襖を開けると、障子を開けて海原を見渡す高杉がいるはずだった。彼はいつもすることが決まっているかのように、外を見ていた。傍らにあるのは、煙草盆だったり徳利だったり文だったり書物だったりと様々だったが。だが、どうしたことだろう。その彼の姿が見当たらない。もう一度「晋助?」と紡いでみても、うんともすんとも音は返ってはこなかった。
高杉のための部屋は、他の者に比べて広く、装飾も凝っている。朱塗りされた壁に黒い柱、所々に金の模様が刻み込まれたその部屋は、一般の者が居座るにはそぐわなかった。襖で仕切られた部屋の奥は立ち入ったことがなく、そこは彼が寝起きする閨だった。申し訳ないとは思ったが、するりと襖を開けても彼の姿は見当たらなかった。一人が寝るには大きすぎる布団一式が、そこに音もなくあるだけだった。
「おや、万斉さん。いらしてたんですか」
「…武市殿」
背後から声がしたかと振り返れば、見慣れた目をした男がそこにいた。部屋には入らず、襖越しに会話する様は何とも言えず異様な光景だ。
「すまぬ、晋助はどこに…」
「あの方なら暫くは帰りませんよ」
「…どうかしたでござるか?」
「いつものことです。『暫く留守にする。後は任せた』と言ってそれっきりです」
「………」
風のような男だと思った。縛られることを嫌い、自由気ままに生きることを好く彼のことを。彼はこうして時折、ふらりと姿を消すことがあった。初めの内は納得いかず、ついて行くと言えば「要らぬ世話だ」と殺すような鋭い視線を浴びた。告げずに追っても、ふらりと躱されてしまうのだ。まるで、他のことなど見えていないかのように、どこまでも彼は身軽だった。
彼の口から語られることは、少ない。元来が寡黙なだけに、必要ないと判断したことは一切喋らない。喋ったとしても、夢想のような意味合いを織り交ぜてきたり、唄に喩えて揶揄したりと本心が見えない。

『万斉』

泡沫のようだと思った。己の影を決して残さない、一瞬にして跡形もなく消えてしまう夢のようだと。あのように捉えどころのない男は、初めてだった。だから惹かれたのかもしれない、だから従っているのかもしれないが。その胸の内には、何を思っているのか。いつかそう聞いたことがあった。躱されると思っていた。今までの彼の言動からして、またはぐらかされるのだろうと。けれど――――。

『お前なんぞには、欠片とてやるつもりはねェよ』

そう告げた時の、彼の瞳は眩かった。深い深緑の色をしているあの瞳が、ゆらりと篝火のように灯ったと錯覚するほど。また、はぐらかされた。いや、それよりも、もっと深い。深くて濃い、底なし沼のような、拒絶―――――。

「(…晋助。お主は今、どこへいる…?)」

誰に聞いても詮ないことを、莫迦みたいに繰り返し思った。その胸に思うことは、拙者にも、他の誰にも、言えぬことなのかと。脳裏を過ぎった白銀を、眉を顰めて拭い去る。奴ならば、知っているのだろうか。嘗ての時を共に過ごし、戦い、護ってきた奴ならば。
そこまで考えて、武市に気づかれぬように苦笑を漏らす。知ったところで、奴と晋助はもう二度と、交わることはないのに。


* * * * * * * * * * * *


ざり、ざり、と踏みしめる音だけが響く。潮風も届かないこの地は、ただ木々のそよぐ音と小鳥の囀りしかない。船を出て二日。準備は前からしてあった。馴染みの店に注文をして、目的地に着く頃には既に届いているだろう。
春間近とはいえ風の冷たいこの頃は、よく風邪をひいたものだと想い耽る。梅に気をとられて長居して、帰った途端に布団に縛りつけだった。中々治らないそれを心配して、見舞いに来た奴らを思い出す。
ほらみろ。だから言ったじゃん、早く帰れって、と気兼ねもせずに言っていた。
まったくだ。先生も心配なさっていたぞ、と腕を組んでいつもと変わらずに。
それに、どう返していただろうか。うるせぇ、と相変わらず生意気な口で返していただろうか。
「(…ああ、俺も莫迦だなァ)」
寒くないようにと、船を出る日に羽織も持ってきた。黒い襦袢の上にいつもとは柄の違う花と波模様の入った着物、さらに黒地に金の唐草模様の入った羽織。いつになくの重装備。胸元も、いつもよりは開いていない。けれど、これでもあいつらは顔を顰めるのだろう。
首が寒いだろ、首が!と怒って、どこから持ってきたかわからないマフラーを巻くのだ。
上着ももっと着込まんか!と、綿の入ったそれも一緒に。
母親か、ともう何度口にしたことだろう。
作品名:桜山 作家名:しらい