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ゆびきりげんまん

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どうしてこんなことになったんだろう。もう何度目になるかわからない疑問がやはり頭に降って湧いた。目の前には、俺が寝るための布団が敷かれている。のに、俺は起きている。布団の膨らみは誰かが寝ているために膨れているのであって、それは俺じゃない。
肩まですっぽりと包まれたそれは、間違えるはずもない……高杉で。
鋭い切れ長の瞳は閉じられてて、耳を澄ませないと聞こえない程度の寝息で生きているのだと知れる。元々こいつは、こうして静かに寝る男だった。思い起こされるのは幼い頃の寝顔ばかりで、成長していくにつれてその顔は見なくなっていった。心身共に疲れていたはずのあの時ですら、あいつは人のいるところで寝るなんてことはしなかった。
いつ寝てるのか、ちゃんと寝てるのか問い詰めても、いつもはぐらかされてばっかりだった気がする。
「…銀時、」
音もなくするすると襖が開かれ、その先にはヅラがいつもにも増して真剣な表情をして立っていた。それを確認して、ふと高杉に視線を戻すも起きる気配どころか身動き一つしない。寝ているのだからとわかっているのに、それがどこか哀しかった。
起こさないように立ち上がり、ヅラを引き連れて部屋を出る。気配には敏感なはずの高杉が全く反応しない。それほど、深い眠りについていた。
「…で、どうだった?なんかわかったか?」
「いや…、これといった手がかりが何も掴めない…」
「……そうか」
「念のために真撰組の動向も探ってはみたが、今回のことは知らぬみたいだな」
「………」
高杉が現れて、今日で三日が経つ。その日はめずらしく依頼人の仕事を終えて、やっとこ手に入った金で美味いもんでも食うかってことになって。何が食いたいか三人で言い合っていたところに、いきなりヅラがやって来た。腕の中に、傷だらけで気を失った高杉を抱えて。そんなにぐったりとした様は、あの頃ですら滅多に見なかったというのに。
以前の事件のことを受けて、新八も神楽もどうしていいかわからず、ただ呆然としていた。それもそうだ。人事ではなく、俺もヅラも殺されかけた。悪い印象を持って当然だ。けど、気がつけば新八と神楽に席を外してもらっていた。このことは他言無用、カタがつくまでここには来ないことを約束させて。不満そうな顔をしていたのは神楽で、それをどうにか宥めてくれたのは新八だった。
それからは闇医者を呼んで手当てをして寝かせて、朝がきて昼が過ぎて夜になってまた朝がくれば三日目だ。いつ起きるかわからないから、俺は見張りということで残った。その間に、ヅラには事の成り行きを調べてもらうことになった。医者は、身体の傷は大したことないと言っていた。脳にもおそらく異常はないだろうと。それでも打ちどころが悪かったのか、高杉は一向に目を覚まそうとしなかった。
俺はただ、死んだように眠るあいつを、何もできずに見てることしかできなかった。
「…鬼兵隊は、動いてねェのか?」
「そのようだ。こんなことは日常茶飯事だからとわかっているのか、可笑しな動きはない」
「じゃあ、あの傷は?」
「それもわからん。だいたい、幕府関係者が殺されたなどと知れたら、真撰組が静かなはずがない…」
その真撰組が動いていないということは、まだ事件が知られていないからか、本当に何も知らないからか。いくら考えても答えなんて浮かんでくるはずもなくて、糖分不足も合わさって頭の脳みそが縮んだようだった。
ワオーン…、とどこかで犬の遠吠えが響く。それでようやく、外が真っ暗なのに気づいた。ヅラは相変わらず茶を啜って、傍にはいつもいつエリザベスもいない。張りつめたようなこの空間は居心地が悪くて、息が詰まりそうだった。


* * * * * * * * * * * *


ふわり、と甘い馨りがした気がした。薄らと開けた視界には、見慣れない天井が映し出されて数秒間思考が止まる。
「(…どこだ、ここ……)」
首を捻って見渡しても、見覚えのある部屋ではない。朱塗りの壁は京の建物や自分の持つ船の部屋にも重なるが、だかどこか違う。
頭がまだ虚ろで思考が纏まらなかったが、そろそろと身体を起こせば至るところに手当てをした形跡があった。こんな傷、どこで負ったんだっけか…、と巡らせると、思いの外するりと出てきた。それも気に留めたところで大したこともないので、一瞬の内に頭から消し去る。
「(……あァ、まただ)」
どうしてだろう、この部屋からは甘い匂いが離れていかない。染みついていると言った方がいいのだろうか、そこら中から香とは違う甘い匂いが鼻をつく。それは、どこかで嗅いだことがある気がした。甘い匂いと直結して浮かぶのは一人しかいないが、そんなわけがないと頭を振る。
この懐かしいような匂いが充満してるのが悪いんだと決めつけ、すぐ傍の大きな窓を少しずつ開けていく。今は夜なのか、独特の空気に町を眩しくさせている明かりがやたらと目につく。
騒がしい町だ。京ではこんな光景、祭りぐらいでしか見ないというのに。そう思っていた矢先、スパンッと音を立てて襖が開いて、見えた顔に胸中で溜息を吐いた。
「……なんだ、ここはお前の家か」
「高杉…っ」
「ククッ、どうりで……甘ったるいと思ったぜ」
ここが銀時の家なのだということはわかった。この匂いがその裏付けだ。だが、ヅラまでいるとはどういうことだろう。そこまで考えて、思考を断ち切った。
…ああ、そうだ。俺には、どうでもいいことだ。
作品名:ゆびきりげんまん 作家名:しらい