ゆびきりげんまん
「高杉…、お前、どうしてここにいるのかわかってんのか?」
「………」
「何で傷だらけでいた。どうして取り巻きがいねェんだよ。テメェ、一人で何してやがった」
「………」
「答えろ、高杉っ」
銀時が捲し立てている間、高杉は背を向けたまま空にぽっかりと浮かぶ月を見ていた。満月にも見えるが、幾分か欠けている、成り損ないの月だった。
「ヅラ、銀時」
答えない高杉にもう一度問い詰めようと口を開こうとした時、先に聞こえた声で口を噤んだ。どこかぼんやりとした声で顔も見えず、考えを読みとることもできない。
いや、そもそもこの男の考えを読みとることができるだろうか。誰よりも人心の動きを読みとるのに長け、本心を悟られないように徹底していた彼の考えを。
難しかった。面倒だと思ったこともあった。けど、それでもわかってきた。それは幼い頃からの自然なもので、相手の考えてることは言葉にしなくても感じとれた。声だけでも、どんな想いで言っているのか、わかってきた。なのに。
「…もう、俺の邪魔はするな」
そう告げた時の言葉を、理解できなかった。どんな想いでその言葉を紡いだのか、今までのように、感じとれなかった。
「…莫迦を言うな」
「誰が莫迦なんて言ったよ」
「前にも言ったはずだ。貴様の江戸に住む人達ごと破壊する行為は、黙ってみておれんと」
「…あァ、言ってたなァ」
脳裏に過ぎるのは、紅桜の件で対峙した時に放たれた台詞。壊したければ壊せばいいと言ったくせに、いざするとなればそうはさせないと。ああ、本当に……どこまでも甘い野郎だ。
「ならこうしよう、お前の護りたいものには手を出さないと」
護りたいものがあるから、壊されることを嫌うのだ。今のこの世界で、護りたいものを見つけたことなんぞどうでもいい。ただ、それのためにいつまでも邪魔をしてもらっては困るのだ。俺にはもう、それすらもないのだから。
「…お前もだ、銀時。そうすれば、俺の邪魔をする理由もないだろう?」
「……なに言ってやがる、」
「そこに佩いてるなまくら刀。…そいつが届く範囲はお前の国なんだろう?」
「…!」
「お前らの国になんぞ手を出す気は微塵もねェ。だから、俺のすることに口を出すな」
「…ンなことできるわけねェだろうが、よく考えてみろ」
「…ククッ、考えろだァ?」
お前達こそよく考えてみろ。俺がここに来るまでに、一体何人の幕吏を殺してきたと思う?遅いやつは一週間も経ってるだろう。それでも何の騒ぎも起きてねーじゃねェか。
殺すのに痕跡を残さないことなんざ、いつでもできんだよ。それなのにそれをやってこなかったのは、少しくらい面白くならねェかと思っただけのこと。
真撰組も幕府も、もう何十人殺されたか把握もしきってねェ。気づいてすらいねェ。泳がせてやってたのにも気づかずに、おめでたいのはテメェらの方だよ。
「俺が壊したいのは幕府という体制とそこに根づいている天導衆、ターミナルの破壊の三つだ。わかりやすいだろう?」
「だからそれは…っ」
「…あァ、そうか。銀時ィ、お前さん確か、将軍とも面識があったんだっけなァ?」
「!」
何でそれを…、と顔に出ていたのだろう。面白そうにくつくつと高杉が笑う。くるりとようやく振り返った高杉は笑ってはいるが、どこか虚ろな感じがした。
「殺さないでやるよ、将軍サマも」
「は…、?」
「元々開国を迫られた時の将軍はあいつの父親であって、あいつじゃない。それに、あんな軟弱なお飾り将軍なんざ、生きてたところで何の役にも立ちやしねェ。殺すだけ無駄ってもんだ」
あの小さな世間知らずの姫サンもな、と付け加える。確かに、そよは神楽の友達だし面識もある。だがそれを高杉が知るはずがない。一体どこでそれを知ったのか、少しだけ眩暈がした。
「必要最低限のやつを殺せば、幕府は簡単に倒れる。あとは天導衆だけに目をやればいい。ターミナルも、でかく構えてるだけで隙だらけ。船でも突っ込ませれば呆気なく崩れるだろう」
だから、邪魔をするなと、きつい言葉が降る。絵空事のようだが、高杉が口にすると嫌に現実味を帯びて聞こえる。
…いや、本当にしようとしているのだ。だから、こんなにも背筋が寒いのだ。幕府を恨む気持ちは、わからないわけではない。いつだったか、俺も抱いたことのある想いだった。
けど、今はそんなことをする気にはなれない。俺には護りたいものがあって、護り抜いて幸せになってもらいたい国がある。それには……そこには、お前もいてほしいのに。
「…それが終われば、貴様は満足なのか?」
「……満足…、あァ…そうだな、思い残すことは何もねェ」
そう言った表情が、どこか嬉しそうで……でも、酷く苦しそうに見えて。
「ッ、莫迦なこと言ってんじゃねーよ。壊すだけ壊したら、後は知らん顔で隠居でもするつもりですかーコノヤロウ」
「…ククッ、なに寝惚けたこと言ってやがる」
「だってそうだろ?することし尽くした後なんざ、ジジイよろしく隠居生活が定番だろうが」
「……銀時」
「陰日向でしか生活できねェとこは今と変わんねーんだ。しょーがねェから銀さんの、」
「銀時」
「………」
「…わかってんだろ?」
俺が幕府も天導衆もターミナルも壊したいのは、その犠牲の中に忘れられない愛しい人がいるからだ。こんな世界、あの人は望んでいなかった。共存ではない、支配されることで成り立つ世界など、先生が望んだはずがない。
そんなことのために殺されていい人じゃなかった。そんなことのために捨てていいほど、軽い命でもなかった。
「終わった後の世界なんかに、用はねェよ」
それでも生きてきたのは、あいつらに生かされたから。自分達の命を懸けてまでして、俺を生かしたのはあいつらだ。それならば、生きてみようかと思ったこともあった。あいつらの代わりにはなれないけど、あいつらの分まで、この世界でいきてみようかと。
でも、できなかった。あいつらを裏切ったこの世界で、どうしてのうのうと生きることができる。憎くて憎くて堪らないのに、それを忘れたふりして笑って生きることなど、どうしてできる。
望んだ世界のために散ったのなら、幾分かよかっただろう。だが、こんな世界を望んだやつなんて一人もいなかった。そんな世界で、お前達の骸を積み上げただけの世界に生きる意味なんざ、一つしかねェだろう?
「…ようやく…、あいつらのところに逝けるってもんだ」