ゆびきりげんまん
誰一人としてそんなこと望んでいなくとも、残ったのは復讐だけだ。復讐の獣の呻きは、それを果たした後でようやく収まるだろう。そうなれば、もう生きる意味も糧もなくなる。手向けにはならないかもしれないが、それでいい。
元より、先生やあいつらと同じところへ逝けるとは思ってない。ただ一度だけでいい、困ったようにでも笑う顔を見せてくれてくれたなら、それでいい。
もう俺には、この世で生きる理由も意味も生きがいも何もない。喪ったものが多過ぎるこの腐りきった世界で生きていくのは、もう疲れた。
自分勝手だと罵られてもいい、巻き込むなと啖呵をきるなら先日のようにひっそりと秘密裏に全てを終わらせてやる。
身体が悲鳴をあげているのだ、もう何年も前から。痛い、ツラい、苦しい、哀しいと、この世界を受け入れたくないと、傷口は癒えることがなかった。
「その時は、斬りに来いよ」
「ッ、」
「心配しなくても、抵抗なんざしねェよ。一思いに斬ればいい」
嬉しそうに顔を綻ばせながら言うものだから、身体が、口が、固まって動いてくれない。できるわけねェだろ、とやっとの想いで出すことができた。精一杯の言葉だったと、声色からもわかったはずなのに。それでも笑って、言うのだ。
「……約束、だろう?」
そう残して、高杉はひらりと軽やかに窓から飛び降りた。慌てて下を見ても、もう姿の欠片も見えなかった。俺が追う、とヅラが零して、万事屋を出ていく音だけをかろうじて耳に捉えた。
窓の手摺を握りしめる力が、知らずの内にきつくなっていく。さっきまでここにいたのに、あいつは、馨りすら残していかなかった。
「……莫迦じゃねェの…、」
約束とは、前に対峙した時にヅラと共に放った言葉のことを指しているのだろう。次に会った時は、仲間もクソも関係ねェと、…ああ、確かにそう言った。全力で、テメェをぶった斬ると。憶えてるさ、忘れてなんかいるもんか。
あの時のお前の表情でさえ、今でもしっかりと瞼に焼きついてるってのに。
「…わかってんだろ…っ」
ぶった斬ってでも、お前を止めてやると。そういう意味だってことぐらい、言わなくてもお前ならわかっただろ?俺やヅラが、お前を殺せるわけねェってことくらい、賢いお前ならわかるだろ?
殺したくないって思ってることを知ってるくせに、それを逆手にとってお前は惨い言葉を吐く。
お前が先生を好きだったことなんて、嫌ってほど知ってる。どれだけ大切に想ってたかなんて、言わなくてもわかるくらい知ってる。
あの頃の鬼兵隊をどれだけ大事にしてたかなんて、誰に言われなくてもわかってる。いつも鬼兵隊のことを想ってて、それが悔しくて、面白くなくて、嫉妬したことも何度もあった。
それだけ、ずっとずっとお前を見てきたんだ。お前のことが好きで、お前の一番傍にいたくて、誰より、何より大切だった。今だって、その気持ちは変わってない。
本当は、鬼兵隊なんざ率いてないで、俺のところに来てほしかった。
あの時お前を置いていった俺が言うのも変な話だけど、それでもお前と一緒にいたかったんだ。復讐なんて、したってお前にいいことなんて一つもないだろう?
お前が愛してやまなかった先生も、あの頃の鬼兵隊のやつらも、戻ってくることなんてないのに。それにもお前は気づいてるのに知らぬふりをして、自分を追いつめて、今度はお前から去ろうとする。
「……晋…、」
確かに、この木刀が届く範囲が俺の国だ。だけどそこには、当たり前にお前もいるんだよ。あのグラサン野郎にも言っただろ、俺の護るもんは、あの頃と何一つ変わっちゃいないって。
お前は、俺の国に存在してるんだよ。俺の護りたいものの中には、当たり前のようにお前だって含まれてるんだよ。何よりも護りたいと想ってるのに、それをお前はわかってるくせに、その口で俺に斬れと言うのか。
約束ではなく、宣言したつもりだった。あの時のように、お前に背を向けるつもりはもうない。お前がまだ復讐に囚われているというなら、刀を交えることになっても止めてみせると。
なのにお前は、まるで自分が言い出したことのように約束だと告げた。違えるなよと、鋭い隻眼が語っていた。
ああ、守ってやるさ。だけど、お前の望むような形では終わらせてやらない。もう生きる理由がないというなら、俺のために生きていけばいい。傍にいて、一緒に生きていってくれるなら、それだけでいい。
俺はお前を置いていった後悔を、お前は何もかもを喪った過去から解き放たれるために。お前は一人じゃないんだよ、そのことにお前は気づいていないのか。
寂しいのなら、その細い身体を苦しいほど抱きしめてやるから。泣きたいのなら、俺の傍で、俺の胸を貸してやるから、思う存分泣けばいい。あの頃流せなかった涙を今流したって、誰も文句なんざ言わねェから。大事な大事な赤子のように、その傷を癒すように甘やかしてやるから。
もう離したりはしないから、だからお前は俺の隣で生きてくれと、朧気な月に祈った。