観用少年
Episode.1
その昼下がり、ボンゴレ当代とその右腕は、イタリア有数のファッション都市の外れを歩いていた。
「お菓子とかでしたら、いつも無難に喜んで下さいましたが・・・・何にしましょうかね」
「んー、できればこっちでしかないものって言われちゃうとな。息子としてどうなんだろ、母親の好みもわからないって」
世界一の規模を誇るマフィア、ボンゴレファミリーの10代目こと沢田綱吉は、獄寺隼人を連れて沢田奈々へのバースデープレゼントを物色していた。こうしたことには疎いと自覚しているので、中学時代からセンスの良かった見目良い片腕を、護衛兼ご意見番として連れてきたのだが、いかんせん優柔不断な性分が災いし半日かけて戦果ゼロという体たらく。
いっそ同じ女性の守護者である霧を連れてくるのも手だったと思い、いや面識が薄いと思いなおす。
美形で女心に詳しそうなイタリア男の兄弟子に薦められた界隈は、成程瀟洒な店構えが並び、歩く女性も華やかだ。
選ぶ商品にも事欠かない代わり、目移りしていく先々で候補が増え、却って途方に暮れてしまっているのが正直なところである。
「あ、あのバッグとか」
獄寺が指した2軒先、反対の並びに飾られた小ぶりなバッグは、母の雰囲気にも合ったソフトな色合いだった。
「ん、いいかもね」
そろそろ手を打たないと、と自分に言い聞かせて歩き出して、ふと視線を感じて足を止めた。ごく近い。
「10代目?」
勘が告げるまま、振り向くと、不思議な色合いの瞳が一対。
「獄寺くん・・・・・・・・見て、あの子・・・・なんて綺麗」
椅子に座った少年が、レースとフリルに埋まった少女趣味な店の中から、綱吉を射抜くように見ていた。
挑むような凛としたまなざしは、静謐とも苛烈とも思えた。
息を呑むほど整った顔立ちに、左が濃藍、右が深紅の目。一度見たら金輪際忘れないだろう。
「っ・・・・!駄目だ、10代目、あれは」
獄寺が言いかけるのと同時、店のドアチャイムを盛大に鳴らして、淡い色の巻き毛を長めに伸ばした丸眼鏡の男が転がるように走りでてきた。
「すみません!シニョーレ、ぜひ当店にお立ち寄りを・・・・え」
ボンゴレデーチモ。
唖然としたように、男は唇で綱吉の称号を呟いた。
「シニョーレ・ゴクデラはご存知ですね。この子は人間ではありません。プランツ・ドール、人形です」
「その人形が、たった今目を開けたって?」
にわかには信じがたい話だ。店の他の人形が、ことごとく目を閉じているのを見なければ。
濃藍の瞳と同色の髪。顔だけでなく華奢な手足の指先、すんなりとした首まで、恐ろしく完成された美しいこどもがそこにいる。
「だと思います。ほら10代目、貴方しか見ない。俺の母さんが持ってたやつも、こんな感じでした。こいつら、主を選ぶんです」
「ええ・・・・買主と望む人間が現れない限り、目を開くことも、笑うこともない。プランツがステータスと言われる所以でもあります」
笑うのか。綱吉はまだ、狐につままれた気分で「人形」を見た。
冷たいほどに美しい、少年としか見えないこどもは、綱吉が見ると怖じることなく正面から見据えてくる。
大人びた風情に、リボンタイと半ズボン、仕立ての良い絹のシャツが不思議と似合っていた。
この子が笑ったら。どんなにか可愛らしいだろう、と思う。
「人形といっても、世話をしないといけないんすよ。ミルクとかお菓子でしたっけ」
「ええ、流石によく覚えていらっしゃいますね。しかしより重要なのが、愛情です」
愛情を注いでやれば、その笑顔は持ち主を、どんな宝より慰めるのだとか。
綱吉の周辺には、十分過ぎるほどの暖かさがある。守護者と呼ばれる友人兼仲間兼守役たちを初め、ファミリーの皆が慕ってくれる。
今更癒しは必要ない、と綱吉は思う。ただ。この人形は見るものを惹きつけて止まない。それだけだ。
「しかしご店主。こいつは違うんじゃないですか。聞いたことしかないですが”死の人形”でしょう、これ」
獄寺くん、オカルト趣味は相変わらずだな。顔を顰めた右腕の台詞に、心中で呟くと、思いがけず店主と名乗る男が頷いた。
「ああ、ご同業の噂ですか」
「ええ。・・・・・・・・・・持ち主が必ず早死にする、オッドアイの男のドール。有名です。10代目が買うことないですよ」
いわくつき、というやつか。綱吉は内心苦笑する。・・・・・・・・・・・そういうのは、結構慣れてるよ。
「えっと、俺が買わなかったら、この子どうなりますか」
人形とはいえ、当事者の前で、こんな話はしたくないのが真情であるが、売買の話だから人形に席を外させる、というのも大人気ない。
店主と名乗る男は、眼鏡を上げながら、溜息をついた。
「強制的に眠らせます。・・・・・・・・・・正直プランツの負担になるので、あまりやりたくないですね」
そう前置きして、店主は人形について語った。
「この子は、間違いなく現存する中で十指に入る高級ドールです。とても気位が高く、噂を聞きつけてお金を積んで、それでも駄目なお客様は数え切れませんでした。今までのオーナーは、皆様この子を目当てに店へ通い詰め、何度も語りかけてようやく手に入れた方達ばかりなんですよ。確かにこの子に、不吉な噂はたくさんあります・・・・しかし手前味噌を申しますと、際立って美しいドールにそうした話はつきものです」
ボンゴレの名に恥じないプランツですとかき口説かれて、社交辞令的に値を聞くと。ボンゴレ本部がもう一棟ほどだった。
「すみませんごめんなさい。俺帰ります。買い物の途中だったし」
顔を青くして綱吉が席を立つと、件の子供は、ふっと視線を落とした。背が丸くならないまでも、酷く寂しげな様子が胸を突く。
「では、ドン・ボンゴレ。ひとつ賭けてくださいませんか。ご予算だけではあまりに惜しいご縁ですので」
何の気もないように、店主は言葉を継いだ。
「この子を、一ヶ月だけお貸ししましょう。・・・・この子には、作り主の遺言で、時々のオーナーと我々店の者しか知らない名前がございます。それを一ヶ月の間に当ててくださいましたら、半値でお譲りいたしましょう。何度も言いますが、この子が自分から目を開いたのは、貴方が初めてなんです、ボンゴレ」
いやそれでもかなり俺的には高い買い物なんですけど。と口にするのは、さすがにドンの立場を思って我慢した。
じっとこちらを見る目に、感情は見えない。聞けば聞くほど、人形には心があるとしか思えないが、この少年はあまり表にださない性格なのだろうかと綱吉は思った。
「止めといたほうがいいです、10代目。こんな不吉な」
眉間に皺を寄せる右腕に、しかし綱吉は頭を振った。
「いや。なんとなくだけど、順序が逆な気がする」
「どういうこと、ですか」
綱吉は店主を首で振り向き、平素に似合わず直截に問うた。
「この子のオーナーは、危険な職種が多くなかったですか。俺みたいなマフィアとか、でなきゃヒットマンとか軍人とか」
店主は、かるく目を見張った後、「生憎と他のお客様についてのことはこれ以上申し上げられません。ただ、さすがとだけは、言わせていただきます」
にやりと笑い、さあどうします、とたたみかけた。