観用少年
同じ焦りが、獄寺と綱吉の表情に浮かんだ。ついに綱吉は、椅子に座った骸に視線を合わせ、言った。
「なあ、骸。お前の名前、どうにか教えてもらう方法、ないかな」
話せもしない人形に言うのは詮無いこと、と知っている。しかし言わずにいられない。
超直感が戦闘以外では殆ど使えないことを、悔しく思ったことは数え切れないが、今また、綱吉は唇を噛む思いをしていた。
人形は押し黙り、どこか気遣わしげな眼をして俯いた。堪らず獄寺もたたみかける。
「10代目も俺も、みんなお前にいてほしいと思ってる。ヒントとか、ねぇか?・・・・スペードが裏切り者って言われてることを気にしてるなら、考えなくていいぞ。お前は奴じゃない」
え、と綱吉は目を見開いた。ファミリーがどう骸を見るか、皆に望まれる人形が考えるなどありえないと思った。しかし。
しばらくの沈黙の後、骸は、ひたと獄寺を見、彼の髪へと手を伸ばした。
獄寺が顔を近づけると、ちいさな手でさらりと前髪に触れ、ひどくぎこちない笑みを浮かべた。
そして、ホットミルクに添えてあった銀のコーヒースプーンを指差した。
「スプーン・・・銀?」
はっ、とふたりが息を呑む。
果たして骸は二人に頷き、自分の左目を示し、髪を梳いて見せた。
Blu、と獄寺が呟いたが、真剣なまなざしのまま、人形は動かない。
Nero、と怪しいイタリア語を綱吉が言ってみると、首を振る。
主従は顔を見合わせた。セコンドの手紙には、デイモン・スペードと人形との因果が記されていなかったか。
「「indaco?」」
次の瞬間の人形の笑顔について、綱吉も獄寺も、誰にも語ることができなかった。二人とも、それを表す言葉が見つからなかったから。
ふたりに紅葉のような手を伸ばし、だっこをせがむ子供のしぐさをした人形を、主従はかわるがわる、万感の思いで抱きあげた。
「あ。そういや、名前ってオーナーだけ知ってるんだったんじゃ」
目を瞬かせた獄寺に、骸はにこっと笑って首を振った。無邪気なのに幼稚さを感じさせない、愛らしい表情をしばし眺めて、綱吉は言葉を紡ぐ。
「君は友達だから特別、らしいよ」
「えっ十代目、こいつの言ってることお分かりになるんですか?!」
「・・・ごめん。そんな気がしただけ」
骸を預かって25日目、綱吉と獄寺は人形屋を訪れ、店主に人形の名前を告げた。
人形屋の主人は、満足気に頷き、改めて人形の来歴について話した。
「この子は、売り物として作られたわけではないのです。いわば参考作品、習作として生まれるはずでした。デイモン・スペードに身分違いの恋をした、修行中の娘の手によって」
もとより、美しい侯爵の令嬢と婚約していた青年貴族が、市井の人形師見習いに振り向くはずもない。向けられた思慕に気づくことさえないまま、D・スペードはこの世を去った。骸は名もなき人形として、片恋の棺となるはずであった。
しかし、製作者であった見習いの娘が流行り病で制作中に死んでしまったため、残されていたデザイン画をもとに、彼女を知る人形師や兄弟子たちがそれぞれに得意な作業を受け持ち、共同して完成させたという経緯を人形屋は明かした。彼女のよすがとして実家に残されるはずだったのだが、うら若い娘の悲劇とともに噂になり、セコンドの耳に届いたという。また、仕上げの工程を担当した同業者たちは、偶然にも後年名を馳せる名工ばかりが揃っていた。遺作ということで、特に良いサファイアを瞳に誂えたところ、却って組にならなかったため、片目が斑入りの紅玉になったという。
骸は、デイモンの死がなければ生まれず、人形師の死がなければ、価値を持つことなく朽ちていったかもしれない人形だった。
「ボンゴレに、名前を当ててくださるようお願いしたのは、この子がデイモン・スペードの似姿と皆さまご承知の上で、この子を望んでいただけたら、と思ったからなのです。お手間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「俺たちは、誰もそんなこと気にしません。ていうか、悪名高い初代の霧と骸は、顔は似ててもあんまり結びつかないっていうか」
人形屋はこれには答えず、ただ苦笑した。
それでですね、と言って小さな袋を出し、掌に中身をあけた。深い青と鮮やかな赤、骸の瞳と良く似た宝石がひとつずつ。
「これは前の骸のオーナーが亡くなったとき、骸が流した涙です。人形の涙はそれでなくとも希少ですが、この色は骸だけのもので、ふたつとありません。前のオーナーのご遺族が、もし骸が次に選んだ方が、お代のことで苦しまれたなら使っていただくようにと、店に預けて下さいました」
「値は骸の半値、ということですか?」
「さすがにそこまでは。いくぶん、勉強させていただいております」
「わかりました。俺、この子を泣かせたいわけじゃないし、石は要らないです。お店で使ってください」
「承知いたしました」
こうして、綱吉は骸を迎えた。