観用少年
Episode.6
骸が来てから21日目の昼下がり。同業者たちとの会食の帰りの車内で、獄寺は綱吉に業務報告と次の予定を告げた後、
「十代目。骸のことなんですが」
この男は、不器用に気遣いをするとき、決まって口ごもる。
「何でも言って、獄寺くん」
「あいつが生まれた・・いえ、作られた年代がわかりました。ちょうどスペードが初代と別れ、二代目とファミリーの拡大をしていた時代です」
「そっか・・・」
デイモン・スペードと人形。マフィアの幹部と玩具、と考えれば突拍子もない組み合わせだが、骸は子供向け遊具ではない。
世界有数のマフィアのドンでさえ入手を躊躇するほどの嗜好品である。デイモンの貴族の側面を考えれば、むしろ自然なのかもしれなかった。
「何人か、オーナーだった人間の目星もつきました。みんなきな臭い人種ばっかで。10代目の言ったとおりです」
「まさかとは思うけど、あの子はそういう主人を・・・」
「いえ。だったらリボーンさんを真っ先に選ぶでしょう。前の主人の共通点がもうひとつありまして、人間的には争いが嫌いだったらしいんです」
なるほど。雲雀を苦手とする理由に得心がいった。
「人形は、普通人形師が作るんだよね。顔かたちのデザインも。誰かをモデルにするようなことはまずない、って聞いたけど」
プランツが持ち主の所有物であるのは、基本的に本人の存命中のみ。育つか、枯れてしまえば商品価値はなくなるが、そうでなければ店に返却される場合も多かった。
主の遺族に、人形が心を開くとは限らないし、割賦された代金の残高を遺族が支払えないことも珍しくないという即物的な理由によってのことである。
勢い、人形の外見は万人受けのする、象徴的に美しい少年少女となる。実在の人間をモデルにするのは、モデルとなった人物の外見のみならず、本人の性向や行動やイメージなど、多くのリスクが伴うのだ。
「もし本当にデイモンがモデルなんだとしたら・・・一体誰が、何のために」
愁眉の右腕の一言に、綱吉は黙した。
「最初のオーナーは、わかった?」
「今、最優先で調べています。実は製作者もはっきりとはわかってなくて」
「え、そういうもんなの」
抹茶椀の箱書きよろしく、何かを人形屋が持っているものとばかり思っていた。
「価値ある人形には普通あるんですが、人形屋に見せられないといわれました。名前が書いてあるからかも」
「まあ、名前くらいは書いてあるだろうね・・・・」
「あいつくらいのドールなら、技術的に絞れると思ったんすけどね。瞳も顔立ちも表情も、全部を完璧に作れる人形師ってのもいないらしいんです。普通何かしら出来に粗や癖が出るのに、骸にはそれがない。有名な人形師が何人も、一本立ちするくらいの頃に生まれたってことまではわかりました」
艶を保つ髪、滑らかな肌、美しいが独特な顔立ち、そして瞳。職人や工房には必ず得意とする部分とそうでない部分があるというのに、骸はそれぞれに技術の粋を尽くした出来であり、かえって誰のものかわからないのだ、と獄寺は苦笑した。
その夜、綱吉はまた夢を見た。なつかしさとせつなさだけが残る、不思議な夢。
誰かの名前を呼んだ感触が唇に残っているのに、内容は思い出せない。
焦りよりも、泣いた後のような痛みが、胸を焼いている。
ああ、とため息をついて目を掌で覆うと、目の端が濡れていた。
翌日の夕方、綱吉は粗暴な来訪者を迎えた。お待ちください、という幾つもの哀願を荒々しい靴音で蹴散らしてノックもなくドン・ボンゴレの執務室を蹴り開けたその人物は、執務室の応接スペースの上座にどかりと体を投げ出し、長い脚をテーブルに落とした。
「XANXUS、もうちょっと静かにしてくれない?」
綱吉は、独立暗殺部隊のボスを見やった。時と共に鋭さを増す眼光に射られたところで、もうたじろぎはしない。むしろ扉を開けて正面から来る分、いくらか雲雀より礼儀としてマシ、とすら思っている。
「るせぇ。茶だ」はいはい、とドン・ボンゴレは手ずから急須を取った。基本的に、作法すべてが大味な先代のドラ息子は、以外にも和風が嫌いではないらしい。電車の始発の時間から並んでさえ売り切れると故郷で評判の羊羹を切り、玉露と黒文字を添えて折敷をテーブルに置いた。
何某かの用件なしにこの男が来るはずもなし、また一応は身内ゆえ遠慮も無用、というか変に回りくどいと怒らせることになる。
だから綱吉は最低限の問いをした。
「で、持ってきてくれた?」
菓子を一口で平らげ、茶を半分まで干し、XANXUSは分厚いファイルを掲げてみせた。かつて後継者と目されていたころ、持ち出したセコンドの手紙と手記。彼の戦闘スタイルを確立させるために必要だったものだ。セコンドの直筆の書簡が、資料の目録にあって先代宅にないという獄寺の報告を受けた綱吉は、9代目に口添えをもらい、見せてもらう約束を取り付けたのだった。
「ありがとう。助かる」
綱吉の手がファイルへと伸びた分をひょいと引っ込め、10代目になり損ねた男は、あからさまな白眼を綱吉に向けた。
「カスが。読めもしない記録をどうする」
「えっと、だから骸の手掛かりにと思ってさ・・・・」
げんなりと大男が脱力するところは、それはそれで見ものだった。最強を自負していた己が負けた相手が、人形のために自分を使う、というのはなかなかにやりきれないところ、ではあるだろう。
「20ページにデイモンが死んだときのことが書いてある。24から26ページ、奴を模した人形の噂についてと買う算段。29ページ、交渉の結果だ」
「そんな親切だと後が怖いんですけど!?」
「うちの術士が死んだ。至急代わりを寄こせ。最低3人だ」
「ヴァリアーで務まるレベルだよね?本部でも人手不足って知ってて言ってるよね?!」
XANXUSは唇の片端を引き上げ、チャ、と銃を構えた。綱吉ではなく、ファイルに銃口を向けて。
「わかった、わかったから!」
獄寺に、セコンドの手記を和訳して読んでもらった。スペードとボンゴレ・セコンドはファミリーの拡張を望む点で意見が一致しており、唯一ファミリーに残った初代守護者として厚遇され、死の直後はそれなりに惜しまれたらしい。一般論で言えば、唐突に幹部が一斉に国外へ渡り、引き継ぎもなしに次代へ地位を譲ったなら困るのは後釜である。居残った先達がどれほどのひとでなしであろうが、頼りにされるのは当然かもしれなかった。
人形についての名前などの詳細はなく、情報は全て憶測や噂の域を出ない内容だった。スペードに一目惚れした女人形師の作である、という噂、外見はまるで忘れ形見ということ、人形が目を開かなかったため、無理を承知で借り受ける形にしたことなどが書かれていた。
「名前についてはわからないすね・・・・」
もう、残る時間は何日もない。店の言い値でこの人形を手にすることは、少なくない負担をファミリーに強いることでもある。最下層の人間が何人も何年も暮らせるだけの対価を支払うことは、不可能ではないとはいえ、要らぬ禍根になりかねないのだ。対して、手放せば今度はボスのメンツに傷がつくだけでなく、皆が大いに落胆するだろう。綱吉も獄寺も、プランツなしの生活は考えられなかったし、他の守護者らも何くれとなく骸を構いたがっていた。