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げつ@ついったー
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忘れたいんじゃない、

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 同じ隊に所属する猿飛佐助という男は実に変わった男だった。女のようによく気の利く人間で、常に飄々と掴みどころがない。そのくせひどく残酷で薄情な一面があることもよく知っている。俺が『親友』と呼べる数少ない人間の内に入っていた佐助だったが、こればかりはどうしても自分には計り知れないのだ。もっとも幼馴染だという真田をもってしても「佐助を一言で表すと?……謎、でござろうか」などという実に抽象的な応えしか手に入れることができなかったからしょうがないのかもしれないが。
 彼という人間は、あたかも自分を曝け出しているように見せてその実何一つとして俺たちに見せてくれないのだ。(彼の仕事柄しょうがないといえばそれまでだが)実際誰も彼の生まれや詳しいことを知る者はいないらしく、入ってくるのはいつも、根拠もない噂話ばかりだった。(たとえば「猿飛は敵方の間者だ、だから髪の色がおかしいのだ」とか「猿飛副隊長殿の運動能力は半端ではない、きっと妖の類なのだ」とか)(帝國軍人がまったくもってくだらない!)そしてそのくせ平然と人の懐に土足で入り込んでくる。
 時々彼の唯一の秘密を知っている俺に対してまであいつは距離を置こうとする。飽くまでさり気なく、だが昔から母に疎まれて育ってきた俺はその空気を感じる術をいやなほど熟知している。それでも佐助はいい友人だった。(だから、だろうか。彼が隠している感情をたった一人だけ共有できる人物だから、かもしれない)

 いつも通りの朝食のあと、顔を洗おうと洗濯所へ行くと、隣の男たちが例の「猿飛副隊長殿に関する噂話」に花を咲かせているところだった。よくこいつらも同じ話題で飽きないものだ、半ば呆れたが、次の言葉は聞き捨てならぬものだった。
「なあ、副隊長殿は何でも長曾我部隊長殿と想いあっているらしいな」
「ああ、聞いた聞いた。なんでも副隊長は毎晩通い妻よろしく隊長の部屋に通ってるらしいな。お熱いこって」
「それ、本当か?」
「ああ、そうらしいぜ。俺も見たし、最近毎日のように見た奴が必ずいるんだよ」
 かなり苛々していた。
 何故俺に話さない。親友だというのに。怒り勇んで佐助に問いただそうと廊下を歩くと、またそういう日に限って元親から「佐助を呼んで来てくれねえか」などと笑顔で頼まれたりする。(俺はお前等の惚気に付き合ってやってる暇はねえんだよ!)
 つかつかつかつか、東通路を真っ直ぐ抜けて右、一番奥の部屋。俺だって相当通って目を瞑ってでも辿り着ける部屋だ。 二回軽く戸を叩くと「どうぞ、」とお呼びが掛かったので部屋に入る。皮肉を含んだ口調で「副隊長殿、」と呼びかけると佐助は、「あ、伊達ちゃんじゃん!」と声を上げて、すぐに「その呼び方やめてよね伊達ちゃんも副隊長のくせにさあ!あとノックもしなくて良いって云ったじゃない!俺と伊達ちゃんの仲でしょー」とむくれて見せる。(何が「俺と伊達ちゃんの仲」だ!)
「どうしたの?」
「隊長殿がお呼びだぜ」
「チカちゃんが?…何だろ」
 きょとんとする佐助の顔が何だか無性に腹立たしくて思わず底意地悪く吐き捨てた。
「どうせお前の顔が見てえだけだろ……元親はお前に惚れてるって隊ではもっぱらの噂らしいぜ」
 らしいぜ、と語尾を曖昧にしたのは彼への思いやりでも気遣いでも何でもなく、ただ自分への救済のためだった。ここで断定してしまえば、どうしようもなく自分が惨めになる気がしたからだ。佐助は眉根を寄せて心底うんざりしたような顔をする。通うのなんて当たり前だろ、俺は副隊長でチカは隊長なんだからさあ、とでもいいたげな顔だ。案の定、佐助は言葉でも全力で否定した。
「えっ、そんな噂たってるの?!やめてよそんな根も葉もない噂!伊達ちゃんも信じないでさあ!」
「ハッ!どうだろうなァ…お似合いなんじゃねえか?」
 確かに猿飛佐助は間者であった。国家本隊からの間者。俺は佐助と一緒に本隊から派遣されてきたから知っているけれど、これは国家の重要機密事項だ。彼は地方軍上層部による不正がないかを改める情報特殊部隊の派遣員である。だから佐助は元親に近づかなければいけない。近ければ近いほど良い。それだけ情報は入る。だが、佐助はたしかに元親と寝たりはしていないだろう。元親は何処から見ても良い上司のお手本のような人物だった。豪快で、部下への気配りもできて、上に立つ者としての才能も人一倍持っている。本国の作戦の汚さを嫌いながらも、裏切りなんかに手を染める人物としては有り得ない性格であることを隊員の誰もが知っていた。そんな極めて白の元親に必要以上に近づく必要もない。だがイライラがおさまらない俺の口からは毒の棘のように汚い言葉しか出てこない。だんだん色を失う佐助を見て良いザマだと思ってしまった辺り、自分は相当な人非人なのであろう。悔しさにか顔を真っ赤にさせた佐助を見るのは久し振りで、思わず加虐心をそそられていた。頭が可笑しかったのだろう。あそこまで佐助を口汚く罵る自分は今思うと何だか酷く滑稽だ。
「政宗 は、そんな風に思ってたの?」
 佐助の問いかける震えた声で俺は正気を取り戻した。はっとして佐助を見ると、自嘲するような、諦念するような―――切ない表情で俺の目を真っ直ぐ見詰めていた。俺はそれまで自分の云っていた莫迦のような台詞を思い出し、吐き気に耐えた。何を云っていたんだ、俺は。佐助の弱々しい、だが強い視線に思わず俯く。
「…有り得ないよ」
 佐助は云った。俺の頭が可笑しかったことを察してくれたらしい、幾分か優しい声だった。