「さようなら」
長い間、眠っていた気がする。
目を開けて、そこが病室だとわかったのは自分でも驚くことだった。しかし遠い記憶に、覚えがあったのだ。
ゆっくりと身を起こすと、ずっと眠っていたことを示すように身体がきしんだが、それも耐えられないほどのものではない。少し動けばすぐに消えてしまうだろう。
「 」
だれかを呼ぼうとした。それはわかったのに、なにも声としてはでてこなかった。そこでふと気がつく。私はだれのことを呼ぼうとしたのだろう。病室ということは、医師か、看護師か。それとも、家族だろうか。
もう一度、呼ぼうと口を開く。けれどだれの名前もでてこない。結局あきらめて、口を閉じた。
だれか、会いたいひとがいたはずなのだ。こうして目が覚めたら最初に会いたいひとが、たしかにいたのだ。だがそれがだれなのかわからない。だれだったのか。
ざり、と苦い舌触りがした。