これだから
「それに」
佐隈は話を続ける。
「アクタベさん、また、事務所に結界を張りましたよね」
「ああ」
引っ越しの荷物が届くまえに、芥辺はここに結界を張った。
「じゃあ、少なくともここにいる限りは、アザゼルさんたちは安全でしょう」
「……」
「アクタベさんがアザゼルさんたちを護っているんですよね」
いつもの重苦しい表情でいる芥辺に対し、佐隈は優しく笑う。
「まるで、ここは家で、アザゼルさんたちは子供で、アクタベさんはお父さんのようです」
「……もしそうだとしたら、君は」
君の役割は。
「私ですか?」
佐隈は言う。
「そうですね、私はアクタベさんの妹でしょうか」
一点の曇りなき笑顔だ。
芥辺は硬直する。
「……」
「アクタベさん?」
不思議そうに佐隈が首をかしげた。
芥辺は我に返った。
そして、動く。
素早く右手を佐隈の顔のほうにやる。
指を弾いた。
佐隈の額のすぐ近くで。
デコピンである。
「痛ッ」
佐隈は声をあげ、身体をうしろへと揺らした。
しかし、すぐに体勢を立て直す。
けれども。
「ああ、お茶……!」
手に持っている盆の上の湯飲みは転倒はまぬがれたようだが、佐隈の身体が揺れたときに茶が少しこぼれたようだ。
「アクタベさん、なにをするんですか!」
非難され、芥辺は不機嫌な顔を向ける。
「くだらない想像はするな」
低い声で告げた。
佐隈は身を縮ませた。
「は、はい……」
そう返事したあと、佐隈は盆を持ったまま去っていく。
茶が盆にこぼれてしまったので、その処理をするためだろう。
少しキツく言い過ぎたかと、芥辺は思った。
だが、どうせしばらくすれば佐隈は何事もなかったかのような顔をしてあらわれるに違いない。
だからこそ、この事務所でやっていけるのだ。
部屋にひとり残された芥辺は、ふたたび窓ガラスの外に眼をやる。
しかし、軽く眺めている程度で、頭はさっきのことを考えていた。
もし、ここが家で、アザゼルたちは子供で、自分は父だとしたら。
佐隈は母ではないのか。
つまり、自分の妻。
そう芥辺は思ったのだが、佐隈の回答は違っていた。
妹。
親しい間柄ではあるものの、結婚はできない存在だ。通常なら恋愛の対象にならない相手である。
芥辺はハァとため息をついた。
そして、思う。
これだから、さくまさんは。