純情かき氷
「理一さんは」声が上ずる。
続ける言葉が見つからなくて、鯉みたいに口を開けたり閉めたりを繰り返した。
間抜けだ。どうして僕はいつもこうなんだ。尋ねたい事があるはずなのに、言葉がどうしても追いつかない。
自分が数列だったら良かったのに。揺ぎ無い答えがあるのだという確証が欲しい。僕は水面の波紋みたいに他に影響されてしまうから。
答えが逃げてしまう前に、僕は手を伸ばした。
どうしてそうしたのか分からない。本能的行動っていうのは、あの瞬間を言うのだろう。
でなければ、理一さんのこめかみに触れるなんて大それたこと、出来る訳がない。
「知っているかい、かき氷を食べたときの頭痛は神経の勘違いなんだよ」僕の行為を咎めず、理一さんが静かに語る。
「“冷たい”と“痛い”の神経は隣り合っていて、一気に冷たいものを食べると神経が混線してしまうんだ」
こめかみに触れたままの指に、理一さんの手が重なる。冷たい手だった。きっと僕も同じ温度なのだろう。氷に触れていたのだから。
「吊り橋効果、ってのも有名な混線だ」ああ、理一さんは僕の感情を勘違いだと言いたいのか。
ずっと年上の彼からすれば、僕の行動は若気の至りに映るのだろうか――それは駄目だ。
僕はもう嘘をつきたくない。自分も他人も息苦しくなるような嘘は嫌だ。
「混線じゃありません」遠まわしな反論だったが、彼にはちゃんと通じた。
「こんなおじさんでいいのかい」理一さんは戸惑う素振りもなく、僕に微笑んだ。
そのとき溢れたのは、数列を渡されたときに感じる堪えようのない興奮。
それと同じものを理一さんに感じた。恋とはどこか違う感情。
泉のように湧き上がるそれを、自制できるわけがない。
ノーマルな高校生の理性なんて氷みたいに脆くて、熱情に煽られればすぐ溶解してしまう。
僕は大人じゃない。僕は子供だ。口を衝いた言葉を笑ってかわされてしまう、どうしようもなく非力で愚かな子供。
理一さんは難しい。数列のような法則性が見つからない。風鈴が清涼な音を奏でる。手元に置いたままのかき氷は溶けかけていた。
夏の只中で僕と理一さんだけが孤立している。区切られた空間で、理一さんは柔らかく呟く。
「もっと良い人が居るのに、どうして俺なのかな」氷を舐める舌が紅く染まっている。
イチゴ味の着色料。僕と同じ色。このかき氷よりも甘く、夏空よりも熱いだろうその舌に触れてみたい。
これが混線でも構わない。理屈なんかじゃ測れない、数列に熱を上げたあの時のように僕はその紅に触れたかった。
今言えるのはそれだけだ。