可能性の話
「もしさ、もし、本当にデュラハンになれたとしたら、君はなるかい?」
「昨日の話?」
「うん」
波江が事務作業に忙殺される中、臨也は一休み、と紅茶を飲みながらテレビを見ていた。そんなとき、唐突にそんなことを問いかけた。答えなどまったく興味がないかのように深くソファに腰掛けて背もたれに寄りかかり、ときどき画面の向こうでのやり取りに笑う。
「さあね。わからないわ」
「絶対にならない、というわけではないんだ?」
「誠二のためなら、私はどんなことだってやるわ。あの子に愛してもらえるなら、その手もいいかしらね」
「ふーん」
適当な相槌を返しつつ、番組がつまらなくなってきたのか、臨也はテレビの電源を消した。急に部屋が静まり返る。
「ま、可能性があるってだけだしね。全て、可能性の話さ」
「そうね」
「君が誠二君に愛されるって言うのもね」
「・・・・・・・・」
「あぁ、でも家族という意味では愛されてるかもよ?君たち、恋愛以外では普通なんだから」
「・・・・・・・昨日から何なのよ。ったく」
「別に?特にはね」
「あぁ、そう」
「もし君がデュラハンになったら、天国まで連れて行ってもらおうかな」
「現世でさまよい続ければいいわ。ジャック・オランタンみたいに」
「にあってるかもね」
臨也は紅茶を飲み終えるとカップを机に置き、習慣の雑誌のクロスワードパズルを解き始めた。
しばらく会話もなく時間が過ぎていった。
部屋の中で二人は視線を合わせることもなくそれぞれにおたがいの目の前にあるものをこなしていた。
「彼はセルティの顔が好きなんだ。播磨美香の顔が」
「あいつの話はやめて」
「きみじゃあ、だめなんだよ。きっと」
「勝手に言ってなさいよ」
「彼は本当にあの顔を愛しているのかもしれない。きっと彼はその恋を成就できないだろうね。君はきっとデュラハンにはならないだろうね。首はずっと、俺が持っているし、隠しているからね」
彼女はもう、飽き飽きしたのか返事もしない。それでも彼は話し続ける。
「俺は人間じゃないとだめなんだ。化け物はだめなんだ」
彼女の耳に彼の言葉が届いているかも怪しい。それでも彼は彼の愛を語り続けた。
「だめなんだ。俺は人間を、人間だけを愛しているんだ」
「俺は君にデュラハンにはなってほしくはないよ」
彼女から返事はなかった。